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国立第一図書館の書庫は、地下三階から二十三階までだ。
書庫の範囲と物量があまりに多いため、ブッカームたちはこれを三つの層に分け働いている。
「上から順に『ヘブン・スカッシュ・ヘル』って呼んでるの。小雀くんが配属されたのは真ん中の『スカッシュ』フロアだね。須磨が主任の、地下八階から十五階までだよ」
兎さんは須磨から引き受けた本を集めつつ説明してくれた。
彼女は先ほどの須磨とは違い、ゆったりとした足取りで歩いている。
須磨が「時間に余裕がない」方の紙をすべて引き受けてくれたので、兎さんにはかなりの余裕があるようだ。須磨がひとりであれだけの分量を集められるのか気にはなるが、そこは彼を信じるしかない。なにより僕はまずこの書庫のことや仕事を覚えなければ、彼らを手伝うことすらできない。兎さんは棚から取った本をこちらへ手渡しながら言う。
「小雀くん、『水揚げ』のことはもう聞いた?」
「あ、はい。十分以内にこの紙に書かれた本を取ってきて、えっと……機械で上の階に送るんですよね?」
「そう。じゃぁさ、こういう場合は?」
「え?」
こちらへ示された紙を、僕は分厚い本を抱えたままでのぞき込む。
その一枚には他と同じように、本の書名がいくつか記されている。紙の上部には送り先フロアと時間が載っていて、特に変わった点は見られない。すると兎さんは書名の横に書かれていた数字を指さした。
「ここ見て。小さくだけど、十三って書かれてるでしょ」
「あ……そうですね。これは?」
「この本が置いてある階だよ。つまりね、この『乳児の基本』っていう本は十三階にある本なの。で、その下見て。こっちの本は十五でしょ」
「本当だ、あれ? でもこの紙、残りの三冊は全部十二ですよね?」
「うん。だからバラバラなの」
兎さんは何事もなくそう言ったが僕は混乱してしまった。
彼女が示したその紙には計七冊の本の情報が記されている。
つまりこの七冊を集めて上に送らなければならないのだが、そのうち三冊は今いる十二階にあり、一冊はひとつ上の十三階に、残りはすべて十五階にあるのだ。
(つまり、どうすればいいんだ?)
普通に考えれば、紙に書かれた全てのフロアへ行き本を集めることになる。つまり今いる十二階と十三階、十五階へ行かなければならない。けれどそれを十分以内に終わらせなければならないというのは中々に厳しい。兎さんは僕を見て頷いた。
「そうなんだよね。分かってもらえたと思うけど、普通は数人で手分けして本を集めるんだ。たとえば小雀くんが十五階の本を持ってきて、私が残りを集めるとかね。そうでないと十分以内になんてきついから」
「えっと、『普通は』ってことは、今は違うんですか?」
「残念なことにさ。夏の間は忙しすぎるから、一枚に数人を裂く余裕がないんだ。だから全部をひとりで集めることになる」
「というとことは」
つまりこの一枚に書かれた本を集めるためには、結局ひとりで三フロアを駆けずり回るはめになるのか。
「小雀くんも覚悟した方がいいよ。今は私が一緒だからこのペースだけど、君はまず地図から覚えなきゃいけないでしょ? 本を探してる間に十分過ぎましたなんて、しゃれにならないからね」
そう言って歩き出した兎さんの後を追い、僕はぞっとしていた。
(どうしよう)
やっぱりとんでもない職場に来てしまったのだ。今さらにそう後悔し始めても遅いのだが。
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