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「りっちゃん、サトリは見つかったの?」
登校するや否や、後ろの席の希美は目を輝かせながら唐突に意図のつかめない問いを投げてきた。
「え?」
「りっちゃん、サトリを探してたんじゃないの?」
突拍子もない問いかけにも聞こえるが、これが田代希美だ。何よりもオカルトが好きな彼女の世界は、“オカルト”と“オカルト以外”で出来ている。オカルトに興味があり、それ以外には興味がない。
実に分かりやすい性格をしている。だからこそ、難しいことを考えず気楽に付き合える相手なのだ。数日前、律は希美にサトリについて聞いた。それがどう屈折してか、彼女の中では“律がサトリを探している”という推理に至ったらしい。律は心を弾ませる少女を微笑ましく眺めた。
「あぁ……あれ、私の勘違いだったみたい。彼はどこにでもいる普通の人だったの」
「それって、サトリに似てる人がいたってこと?何それ?毛むくじゃらの人?それとも猿に似てんの?」
「いや、そうじゃなくて……とにかく、何でもなかったんだよ」
ふうん、と相槌を打つ希美は少しつまらなそうだ。そんな他愛もない話をしていると、教室に楓が入ってきた。
今日も相変わらず、感情の見えない顔で誰とも関わらず、真っ直ぐに自分の席を目指して歩いてくる。
そう。彼は普通の人間だった。他の人と何ら変わらない。ただ少し、人の気持ちを察することが得意な、普通のクラスメイト。
「羽鳥くん、おはよう」
机にリュックを下ろし、首にかけたヘッドホンを着用しようとする楓の耳の隙間に声を滑り込ませる。一瞬動きを止めて視線を律に向ける楓。だがすぐに視線は離れ、ヘッドホンを着けた彼は机に突っ伏してしまった。
「……はよ」
誰も気付かない小さな挨拶を一つ残して。希美が不思議そうな顔で律と楓を交互に見つめる。恐らく楓に教室の音はもう聞こえていないだろうが、希美は律に顔を寄せ、小声で話しかけてきた。
「ねぇ、羽鳥君って何か妖怪に似てない?顔とかじゃなくて、雰囲気がさあ」
「え……っ?」
「誰とも話さずに、誰にも気付かれずに席についててさ。ホームルームが終わると誰の気にも止まらずに教室を出ていくでしょ?ぬらりひょんみたい。そう思わない?」
思わず笑いが零れる。傍から聞いたら悪口に聞こえるこれは、彼女からしてみれば最高の褒め言葉だ。
証拠に、今も目が夢見る少女のようにキラキラと輝いている。
「ぬらりひょんみたいで、めっちゃかっこよくない?」
「そうだね」
「ねぇ、ぬらりひょんと言えばさ、聞いてよりっちゃん!」
「はいはい、ホームルーム始まるから後でね」
教室に担任が入って来たのを確認し、興奮気味に話し始める希美を宥める。
ホームルームの間、律はにやける顔を抑えられなかった。
嬉しい。律が関わりたいと思った相手が僅かなりにも反応を示してくれる。律が興味を持った相手の存在を、親友が認めてくれる。
それがとんでもなく、律には嬉しかった。
こうして日が経つごとに少しずつ変化していって、いつか3人で雑談をしたり、一緒に弁当を食べたり。そんな日が来たらいいな、と律は夢のような期待に胸を膨らませた。
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