選択

1/3
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

選択

  臭い。 怖い。 熱い。   背中から感じられる恐怖が段々と近づいてくる。  逃れられない感覚と、生臭い息遣いに、こちらの肺が限界を告げる。  ここは通いなれた森だが、おいつらは人間の比ではない。   飛ぶように木々を抜け、こちらを追いつめてくる。 まるで狩りを楽しむかのように、あざ笑い、わざと付かず離れずの距離を保っている。  つい先刻、夕暮れが迫り村人たちが一斉に村の柵の内側へ入りだしたとき、こいつらは表れた。  一瞬で村は囲まれ、咆哮があたりを包みだす。 女、子どもは家に入れられ、男は頼りない武器をもって柵の周りに展開した。    体内のマナが暴走した獣の群れがあたり一面に広がっている。  中央には隻眼の赤く巨大な熊が二本足でこちらを見つめていた。  「な、なんだ!? この数は、今までだって多くても二匹程度だったのに!」    村の誰かが叫んだ。 櫓に上った仲間からおおよその数が伝えれる。  その数字を聞いたとき、村人全員に戦慄がはしった。  「バカな! そんなことありえない! 百二十体以上だと!? 王国騎士団でも苦戦するレベルだ!」  こちらの戦力は良くて三十人ほど、しかも訓練をまとに受けているのは、自警団の十名だけだ。  その中の一人である俺は急いで剣を構えると、隊長が作戦を伝えにきた。  「ケマル! 西側が手薄らしい。 我々自警団は敵の本隊と戦う、できるだけ時間を稼ぐんだ。 西側に村人が抜けたら各自で撤退にあたれ。 死ぬなよ。」  なんて無茶な作戦なのか、さすがに自警団の十人だけでは足りず、木こりや猟師も数名加わり、敵の本隊とぶつかり時間を稼ぐ。  残りの戦える人は、村人を護衛しつつ西側に抜けていく作戦だが、どこまで耐えれるのか。  正直言えば、死んでくださいと言われたも同然であるが、俺には守るべき人たちがいた。  「おーい! ケマル! 死ぬなよぉ!」  幼馴染のマーサが避難の列から声をかけてくれる。 本当ならば来月結婚する予定であったが、難しくなってしまった。  それでも、俺は生き延びる。 そう強く願うと、櫓から緊急の鐘の音が鳴り響いた。  「きたぞぉー!」  「急げ! 女、子どもを優先させて逃がすんだ!」  隊長が指示を出す。 第一陣は狼の大群、こちらは火矢で応戦するが、数が多すぎるうえに、三方から一気に迫ってくるので、追いつかない。  このままでは早々に柵を突破されてしまう。 そうなってはまだ逃げていない村人に被害がでてしまう。  「ちくしょう! 数がでたらめだ。 おい! 櫓と猟師数名残し、後は全員門からでろぉぉぉ! 白兵戦で時間を稼ぐ! ただし止まるな、全力で敵の中央を分断する。」  「俺に続けぇぇえ! 振り返るな。 絶対に前だけ見ていろ、止まると囲まれる。 その足が息が続くかぎり走り抜けろ!」  「猟師に告ぐ! 柵と櫓に火を付けろ! これで幾分か時間を稼げる。 お前たちは村人に合流し護衛にあたれ!」  この作戦に加わったのは、比較的体力のある木こりが数名、大きな斧を携えていた。   そして、門が開きくと同時に櫓と猟師から一斉に矢が飛ぶ、それに合わせ自警団と木こりの混成部隊が駆け出した。  全員が門からでた瞬間に、門は固く閉ざされ火がくべられた。  目の前では獣の大群がこちらに向かって一斉に襲い掛かってくる。  俺たちはわき目もくれずに走った。 俺の背後で悲鳴が聞こえる。  先ほどまで先頭を走っていたはずの隊長の姿がなくなった。   視界の端にいた木こりがつまずき、すぐに敵に囲まれていく。  俺は、何匹か斬ったのか血糊で染められた剣を振りまわすが、何かに弾かれ、剣は宙を舞い地面に突き刺さる。   自分を守るものは無くなった。 それでも俺は走り続ける。  左側前を走っていた木こりが倒れた、その拍子に彼が持っていた斧が俺の前方に落ちる。   俺はそれを無造作に拾い上げると、また武器を振り始めた。  「うぉぉおおおお!」  視界に映るのは、永遠に続く森の入り口、左右には獣の群れが、そして、俺のすぐ目の前にいた自警団員が森の手前で足を止めてしまう。  「げぇげぇ…。俺はもう…。 走れない、ケマル…。 生きろぉぉぉお! 振り返るなぁあ! グッ!ガッ…。」  振り返らない、俺は走り続けた。 返り血が渇き始め顔の皮膚が引きつる。  
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!