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しかし、逃した獲物を逃してくれる存在ではなかった。
一匹の狂暴化した猪が俺を追い詰めてくる。
もう足は前に進まず、ただ勢いだけで走っているにしかすぎない、それでも敵は俺を嘲笑うかのように、立ち止まっては距離が離れると容易に追いついてくる。
手にした斧を見つめた。 刃こぼれがおき、ボロボロになった斧の握るところは、黒くすすけ、手垢がびっちりとこびり付いていた。
木こりの毎日の努力が伺える。 そんな彼も今はいない。
「うぁ!」
意識を別のところにもっていたのか、木の根に足をとられ前のめりに倒れる。
倒れたときにわかったのは、俺の肺は空気を取り入れるとめに大げさに呼吸を繰り返す。
そして、ついに敵はすぐそこに現れ、涎を垂らしながらこちらに歩み寄ってくる。
僅かな力を振り絞り、立ち上がると斧を正面に構えた。
手は震え、視界は常に上下に揺れる。
「グルルルル…。」
威嚇のつもりなのか、それとも笑っているのか、低い声で唸り声をあげている。
俺は生き残るために、敵に立ち向かう、先ほど確認したが、ここは森の中央部で大きな泉があった。
逃げ場を失った俺は、覚悟を決めて斧を振り上げる。
すると、猪の後方にいくつかの光る獣の瞳が視界に飛び込んできた。
後から追って来た狼の獣が数体、俺が倒れるのを待っていた。
「ちくしょおおおおおお!」
もたつく足に力をいれ、一撃敵の脳天めがけて振りかざすと、岩に強く打ち付けたのような衝撃が身体に伝わり、斧は泉に向かって飛んでいく。
猪はその強靭な牙で俺の一撃を弾き返したのだ。 いつも通りの力が出せていれば、力負けはしなかったが、もう限界にきていた。
ぼちゃん…。
斧は泉の中に消えていく、そして、目の前には死が待っていた。
一歩、一歩、近づく敵、俺は腰を地面に降ろすと空を見上げる。
願わくば、もう一度彼女に会いたかった。
ドクン…。 ドクン…。
その時、心臓が急に高鳴りだし、脳裏にある言葉が浮かんできた。
『あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それとも、このボロボロの鉄の斧ですか?』
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