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  臭い。 怖い。 熱い。   背中から感じられる恐怖が段々と近づいてくる。  逃れられない感覚と、生臭い息遣いに、こちらの肺が限界を告げる。  ここは通いなれた森だが、おいつらは人間の比ではない。   飛ぶように木々を抜け、こちらを追いつめてくる。 まるで狩りを楽しむかのように、あざ笑い、わざと付かず離れずの距離を保っている。  つい先刻、夕暮れが迫り村人たちが一斉に村の柵の内側へ入りだしたとき、こいつらは表れた。  一瞬で村は囲まれ、咆哮があたりを包みだす。 女、子どもは家に入れられ、男は頼りない武器をもって柵の周りに展開した。    体内のマナが暴走した獣の群れがあたり一面に広がっている。  中央には隻眼の赤く巨大な熊が二本足でこちらを見つめていた。  「な、なんだ!? この数は、今までだって多くても二匹程度だったのに!」    村の誰かが叫んだ。 櫓に上った仲間からおおよその数が伝えれる。  その数字を聞いたとき、村人全員に戦慄がはしった。  「バカな! そんなことありえない! 百二十体以上だと!? 王国騎士団でも苦戦するレベルだ!」  こちらの戦力は良くて三十人ほど、しかも訓練をまとに受けているのは、自警団の十名だけだ。  その中の一人である俺は急いで剣を構えると、隊長が作戦を伝えにきた。  「ケマル! 西側が手薄らしい。 我々自警団は敵の本隊と戦う、できるだけ時間を稼ぐんだ。 西側に村人が抜けたら各自で撤退にあたれ。 死ぬなよ。」  なんて無茶な作戦なのか、さすがに自警団の十人だけでは足りず、木こりや猟師も数名加わり、敵の本隊とぶつかり時間を稼ぐ。  残りの戦える人は、村人を護衛しつつ西側に抜けていく作戦だが、どこまで耐えれるのか。  正直言えば、死んでくださいと言われたも同然であるが、俺には守るべき人たちがいた。  「おーい! ケマル! 死ぬなよぉ!」  幼馴染のマーサが避難の列から声をかけてくれる。 本当ならば来月結婚する予定であったが、難しくなってしまった。  それでも、俺は生き延びる。 そう強く願うと、櫓から緊急の鐘の音が鳴り響いた。  「きたぞぉー!」  「急げ! 女、子どもを優先させて逃がすんだ!」  隊長が指示を出す。 第一陣は狼の大群、こちらは火矢で応戦するが、数が多すぎるうえに、三方から一気に迫ってくるので、追いつかない。  このままでは早々に柵を突破されてしまう。 そうなってはまだ逃げていない村人に被害がでてしまう。  「ちくしょう! 数がでたらめだ。 おい! 櫓と猟師数名残し、後は全員門からでろぉぉぉ! 白兵戦で時間を稼ぐ! ただし止まるな、全力で敵の中央を分断する。」  「俺に続けぇぇえ! 振り返るな。 絶対に前だけ見ていろ、止まると囲まれる。 その足が息が続くかぎり走り抜けろ!」  「猟師に告ぐ! 柵と櫓に火を付けろ! これで幾分か時間を稼げる。 お前たちは村人に合流し護衛にあたれ!」  この作戦に加わったのは、比較的体力のある木こりが数名、大きな斧を携えていた。   そして、門が開きくと同時に櫓と猟師から一斉に矢が飛ぶ、それに合わせ自警団と木こりの混成部隊が駆け出した。  全員が門からでた瞬間に、門は固く閉ざされ火がくべられた。  目の前では獣の大群がこちらに向かって一斉に襲い掛かってくる。  俺たちはわき目もくれずに走った。 俺の背後で悲鳴が聞こえる。  先ほどまで先頭を走っていたはずの隊長の姿がなくなった。   視界の端にいた木こりがつまずき、すぐに敵に囲まれていく。  俺は、何匹か斬ったのか血糊で染められた剣を振りまわすが、何かに弾かれ、剣は宙を舞い地面に突き刺さる。   自分を守るものは無くなった。 それでも俺は走り続ける。  左側前を走っていた木こりが倒れた、その拍子に彼が持っていた斧が俺の前方に落ちる。   俺はそれを無造作に拾い上げると、また武器を振り始めた。  「うぉぉおおおお!」  視界に映るのは、永遠に続く森の入り口、左右には獣の群れが、そして、俺のすぐ目の前にいた自警団員が森の手前で足を止めてしまう。  「げぇげぇ…。俺はもう…。 走れない、ケマル…。 生きろぉぉぉお! 振り返るなぁあ! グッ!ガッ…。」  振り返らない、俺は走り続けた。 返り血が渇き始め顔の皮膚が引きつる。  
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