詩音、足を踏み入れる

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 家に帰りリュックを開ける時、脇のネットポケットに小さな紙片が入っているのに気づいた。  2L版よりやや大きめの上質紙が4つ折りになっていた。  拡げてみると、簡素なプリントアウトの文字列が並んでいる。 「?」  少し滲んだ字体で一行、こうあった。 『あなたは私たちの大切な』  その後は水滴がついてしまったのか完全に読めなくなっている。ほんの二、三文字のようなのに。  続いて、ホームページらしいアドレス。 「……なんだろう」  そあら先輩が入れてよこしたのだろうか? まさか。彼女がリュックに近づいた様子は特になかった。  それに、メモについて何も言ってなかったし。  どこかで何気なく受け取った紙きれを、無意識のうちにここに入れただけなのだろうか?    そあら先輩がくれたんだといいな、かすかにそんなことを思ってしまった。  少し目線をさまよわせるとすぐに、あの顔が浮かんでくる。  お人形みたいな前髪とその下の切れ長の目。美しい目。深く暗く……  まただ、何だろう? 惚れちゃったのかなあ。  一人で可笑しくなった。くすくす笑いが止まらず、慌てて咳払いでごまかす。  それから、机に並んだ教科書と参考書との間に伸ばした紙を挟んだ。上の角が斜めにちょっとだけのぞいていたのを直そうと手を伸ばしたが 「姉き! 先に風呂入るぞー」  弟のレイジが階下で叫んだのに 「だめ! 私が先だからね」  慌てて答え、部屋を飛び出した。それから部屋に戻った時にはすっかり紙切れのことは忘れていた。
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