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映画館の割り込み女
……ずっと楽しみにしていた映画だった。
―― ねえシオン、ふたりで中学生生活最後の思い出になるね~。
―― だよね、卒業式は済んじゃったけど、三月いっぱいはまだ高校生料金じゃないんでしょ?
―― ねー、ラッキー!
そんな事を言い合っていたのにミホってば。
私は何度目かのため息をつく。
繁華街の映画館、脇の外壁にそってずらりと並ぶ列の中ほどで、遠慮がちに傘をさし、私はちらっとまた前をみる。
前方にずらりと揃う傘の波が、ゆらゆらと前ばかり気にしているのが分る。
雨が降り出したのは想定内だったけど、まさかこんなに行列になるなんて。
確かに主演の『アリシア・ソード』、ヒットしてからの初主演映画だし、心おどる春休みだし、これ観てからランチにもいい時間だから混むかなあ、とは思ってはいたんだけど。
何が一番残念かって……ミホったら、インフルエンザにかかっちゃってさ。
治るのを待っていたら四月になってしまう、料金が変わるのはまだいいんだけど、四月に入るとすぐ、ミホはお家の用事でずっと出かけてしまうんだって。
一緒に観に行けるチャンスはもう今日だけだったのに。
「ごめんね、シオン」
ミホは喉もやられたらしい、ガラガラ声で電話をよこした。
「シオンずっと楽しみにしてたのに……ねえ。でさ、カミヤくんのストラップお土産に買ってきて!」
かすれ声のまま、ミホが悔しそうにそう言っていたけど、どうしようかな。
そんなこと思っても、結局買っていってあげるんだろうけどね。
ミホはすらりとしてて私より少し背が高い、いかにも健康的な子。
中学入学の時クラスと部活が一緒で、三年間ずっと仲よしだった。
学校生活でも、テニス部でも、オフでもミホなしの生活は考えられない。
仲よし? ううん、これぞ本当の親友というヤツだよね、つい傘の影でにやりとしてから、肝心のミホがここにいないのを思い出す。
ふう、とため息、もう何度目?
中学校生活最後の思い出に、最高の思い出になると思ったのに。
もしかしてミホ、アリシア・ソードにあんまり興味なくなっちゃったのかな?
初回限定版のセカンドアルバムもまだ予約してない、って言ってたし。
カミヤくん神! ってずっと騒いでたのに。
そんなことはないよね、と思い直して私は傘の柄をしっかりとつかみ直す。
ミホとはまた同じ高校になれたんだから、これからもずっと一緒に過ごせるよ、まあ、あの子、部活は演劇部いいなって言ってたから別れちゃいそうだけど
……それとも私も、演劇部入ってみようかな?
ぼんやり考えごとに浸りながら、ようやく建物の正面が見える角にたどり着いたその時
「!」
すぐ目の前にぐいっと誰かが割り込んだ。
金色のばさついた髪が一瞬目の前をよぎる。女性のようだ。
反射的に傘をよけて一歩下がった時、後ろに並んだ人に傘が当たってしまった。
私と同じ年くらい、こちらはカップルだった。地黒の男の子が目をぎょろつかせる。
「気をつけろよ」
すみません、と謝ろうとした時、影に隠れたように立っていた女の子がケータイの画面みながらつぶやくように言った。
「いいよ、ショータ、いばるな」
ショータと呼ばれた子は首をすくめる。
カップルというより主従関係みたい。女の子はよく通る声で続ける。
「それよか並ぶのめんどいね」
「アスカが見たいって言ったんだろ」
「先にゲーセン行こうよ!」
女の子がぱっと身を翻し、列から去った。「おい待ってくれよ」男の子もあわてて追う。
ほんの一瞬のことで、少女の顔すら見えなかった。
でもいいな、何となくあの自由さがうらやましい。
いつもちょこまかしている弟のレイジをふと目に浮かべる。
レイジもオサルみたいに身が軽いからな、あの子とカップルになったら面白いだろうな。ふたりとも、す早過ぎて目にもとまらなかったりして。
想像してみてかすかに笑ってから、急に自分の置かれた場所を思い出し、また、ため息。
私も好きで見に来ているはずなのに、こんな列に縛られちゃってさ。
そうだ金髪割り込み女はどうしてる? まだ近くにいたら文句を言ってやろう、ときょろきょろ探してみる。
でも、もう彼女は列をつっ切ってちょうど切符売り場にたどり着いたところだった。
私の他にも数人が、彼女に横切られたり押されたりしたらしく「なんだよ」とか言いながら睨みつけていた。
でも彼女はお構いなしの様子だった。
薄ら寒い陽気なのに肩が丸見えの白黒ツートンのカットTシャツ、膝上くらいのデニムパンツ、ピンヒールの足もとには細いチェーンのアンクレットがいくつも揺らめいている。高価そうな服装なのに、どこか下品に見える。それにつやのない金色のソバージュが軽薄なイメージだ。
「ちょっとぉ」
口調も、いかにも軽そうだった。
「係の人、いるぅ? この回に入るんだけどぉ」
中からチケットをもぎっていた女性が慌てて飛んできた。
「すみません、列に順番に」
女はちっ、と舌うちした、私にも聴こえたけど、係員は気づかなかったフリをした。
その女はそのまま去るのかと思い、列の人たちはそれとなく成り行きを見守っている。
ところが、金髪女はおもむろにカードを出した。
ああいうのを『ドヤ顔』っていうのだろうか。小鼻が膨らんでいる。
黒っぽいそのカードを、係員は少しけげんそうに眺めてから、急にぱっと顔を上げた。
「申し訳ありません、セル会員の方ですね、今キカイに通しますので。すみませんでした、どうぞ中に」
その直後、何かに呼ばれたかのようにふり向いた女の視線が、私の目線と真っ向からぶつかった。
目が合った、ほんの一瞬。
勝ち誇ったように赤い唇を歪ませ、金髪女は係員に誘導されながら場内へと消えていった。
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