詩音、足を踏み入れる

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「あの……シオンちゃん何か言いかけてた? 映画の時に何か、って」  みると、ふわふわの髪に囲まれた穏やかな笑顔が、私とミホとを交互に見ていた。  ミホも「そうそう。何なに?」とクリっとした目を向けてきた。  胸のつかえが取れたみたい。私はすうっと息をついてから聞いてみた。 「あのね、『セル会員』って何だか知ってる?」  はあ? と口をあんぐり開けているミホ。  ルネも首をかしげている。 「聞いたことないわ。何? その会員」  そこで、私はあの日映画館で見たままのことを話して聞かせた。  二人は興味深そうにじっと耳を傾けている。  やがて、はあ、とミホがため息をついて背を伸ばした。 「なにソレ! かなりのセレブじゃないの? きっと入会金とかスッゴク高いんだよ」 「映画館の株主とかなのかな?」ルネも宙をみつめながら考えている。 「とにかく結構お金がかかってるってカンジだよねー」  ミホは悪戯めいた目をこちらに向ける。 「じゃ、大丈夫じゃんシオンち、大富豪だから」  ぷっ、とつい吹き出した。昨日も、夕飯のおかずがサバの味噌煮だったのに、一切れを弟と半分こにされちゃったんだよー、ひどいでしょ? とミホに愚痴ったばっかりだった。 「そうそう、うちセレブだからもうとっくにセル会員だよぉ」  だよねー、と声に出して笑っていたミホ、急にがばっと立ち上がった。 「たいへんだぞよセレブの諸君、次、体育館! 早く歯みがいてこよう!」  そうだった! と立ちあがると、続いてルネも慌てて席を立った。  ふと、廊下からの視線を感じて脇に目をやる。  見たことのない女子が立っていた。  すらりと背が高く、ストレートの長髪に囲まれた色白の細面がこちらを向いていた、制服がしっくり馴染んだ感覚から二年か三年、上級生のようだ。  その人がじっと私を見ている。何か用事だろうか? 「あ」  声をかけようとした時、姿はさっと窓枠から離れる。長い髪が弧を描いた。    廊下に出た時には、すでに人影は廊下の曲がり角に消えていた。
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