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第三話 悟られないため
店長の八木さんと一緒の時間にバイトが終わり、見落としてしまいそうだったが改札の辺りに例の女の人がいた。
「八木さん!」
身振りで改札の方向を示すと、彼はたしかにいるねという表情をした。
「いつまで待ってるんだろう・・・」
「ほんとに相手の人来るのか?」
私はしばし無言でいたが、賭けます?と八木さんに聞いた。
「何をだよ」
「夜ご飯」
八木さんはよく赤の他人にそれほど強い関心を持てるなと呆れながらもいいけどさと言った。
「私は来ないと思います!」
通る声でそう断言すると、そんなの俺だって来ないと思うよと八木さんは言った。
「え~、そう思う根拠は何ですか?」
「根拠も何も、べつだん何をするでもなく待ってる感じだろ」
それを聞くと、私は不服そうな顔をして何かを期待しているようにも見えるけどと言った。
「じゃあ鈴子ちゃんは来るに賭けろよ」
八木さんはこれ以上付き合いきれないという顔をして俺はもう帰るぞと言った。
八木さんにお疲れ様ですと言うと、私は改札付近から離れようとしない女の人に目をやった。
「いつまでも待てるような顔してるなぁ」
彼女の後ろ姿に魅了されながら、なんだか自分の行動が良識に欠けているような気がしてきた。
「私も帰るか」
そのときは気が付かなかったけれど、踵を返して駅の駐輪場へか向かった私の背に、彼女が視線を送ったのには深い理由があったのだった。
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