父子の七月七日

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日が変わり七月七日二時。大知が目覚めるのを待っていた優里も今では寝息を立てている。 音を立てないようにドアを開けて智は外に出る。木々のさわめきや緑の匂いを含んだ風。音がない訳ではないのに、人はこういった空間を静かと言う。 暗闇の中からは梟の声。智は胸ポケットに手を伸ばし煙草とライターを取り出す。 煙草を咥えて火をつけて、煙草とライターを元の胸ポケットに入れた後、ジーンズのポケットから携帯灰皿を取り出す。 優里と付き合う前、大知と知り合う前は、自由に煙草を吸っていたが、今ではまわりを気にする。 煙草をやめられる自信がないだけに気を遣うのだ。 一本の煙草をゆっくり楽しんだあと、智は車に戻らず空を見仰ぐ。 流れ星が一つ。もう一つ。 元より夜空を見ることが好きな智は空を見上げていれば、一時間のうちに何度も流れ星を拝めるのを知っていた。 流れ星に願い事を言うと叶う。信じている訳ではないが、それを口に出して言いたいこともあるのだ。 そのまま時間が過ぎる。腕時計を見ると三時。優里も大知も眠っているのだから潮時かも知れない。 ガチャリ。そんな中、響いた音。車を見ると後部座席のドアが開き、中から大知が下りてきた。 「うわぁ!星すごい!」 大知は智の横に来る。 「ねぇ、智さん、七夕のお願いした?」 つい笑みが漏れる智。 「まだだよ。一緒に言うか?」 「うん。せーの!」 「大知のお父さんになりたい!」 「智さんがお父さんになりますように!」 智は、つい大知の顔をまじまじと見つめた。 「いいのか?」 「当たり前だよ。来年も連れてきてね」 大知は、そのまま駆けて車に戻る。 少しばかりの涙がたまった目尻を拭って智も車に戻る。 その一月後に智と優里は籍を入れた。 式こそあげなかったが、大知にはじめて、お父さんと呼ばれた感触は式をあげるより恥ずかしかったかも知れない。
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