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第24話 魔力0の大賢者、料理を食べてもらう!
「え? オムス殿下、今なんと?」
「誰も食べないというなら私が頂くと言ったのだが?」
誰も手を付けてくれない中、お粥の前まで来てくれたのはあの姫様だった。それを見たワグナーが怪訝な顔で姫様に問いかけるも、その答えは変わらなかった。
「いやしかし、このような出来損ない。殿下が口にするにはあまりに相応しくないかと……」
「相応しいか相応しくないかは私が決めること。余計な気遣いはかえって迷惑だ」
「ぐ……」
「それに、私はこの米というものがどのような物か知るためにやってきてもいる。ここで食さない理由がない。それでマゼルよ。これはどう食せば良い?」
食べ方を聞かれたので、出来るだけ失礼のないよう教えてあげる。とは言ってもお粥の場合箸はつかわず木製のスプーン、現地流に言えば匙で掬って食べて貰う形だ。
お粥のいい点は箸がいらない分食べるのが楽なところかな。勿論米料理でもスプーンの方が食べやすいのは他にもあるけど、特にお粥は汁も一緒に楽しめるからね。
「なるほど、椀にとりわけ、好きな具材を混ぜて食べるのか。では一つ――」
姫様は鶏肉と野菜を選択し、お粥と組み合わせて口に運ぶ。さっぱり系の組み合わせだね。
そしてその小さな口でもぐもぐと咀嚼するわけだけど。
「……む!?」
「殿下! これはやはり、不味いのですね! 早く吐き出すんだ!」
ワグナーがわざとらしく駆け寄っていく。姫様まだちょっと唸っただけなのに……でも、僕もその先の姫様の反応が気になりはするのだけど……。
「う、旨い! しかも、なんて優しい味なのだ!」
「――は? な、ば、馬鹿な!」
よっし! やった! 姫様が美味しいと言ってくれた! ワグナーは随分と驚いているけど、今回一番重要なのは姫様に美味しいと思って頂けるかだったからね。
「こんなものが! こんなものが! ぜ、絶対に不味いに決まっている!」
「なんとも失礼な男であるな。そこまで言うなら自分でも食べてみるがよかろう」
「な、なら食べてやる!」
姫様に促されワグナーも器を取り、お粥をよそって食べ始める。すると――動きが止まった。何か口に含んだまま、ぼ~っとしているね。
「これは、一体どういうことだ? なぜ何も言わぬ!」
ガーランド将軍が何故か憤り始めた。何か気に入らないことでもあったのかな?
「ガーランド侯爵もよろしければ一杯いかがですか?」
「な、何?」
父様がお椀にお粥を注いで将軍に手渡した。それを訝しそうに見ていたのだけど。
「ふ、ふん、いいだろう。だが、私はこれでも旨いものはくい慣れている。そんな私の舌を満足させることなど簡単では……」
何かぶつぶつと言葉にしながら、将軍がお粥をスプーンで掬って口に含んだわけだけど。
「こ、これは……」
「如何でしたかな?」
将軍の目がくわっ! と見開かれる。スプーンを口に含んだままその動きが固まった。ただ、すぐに表情を戻したけどね。
「ふ、ふん、思ったとおりだ。殿下、これは優しい味というのではない。田舎臭い野暮ったい味というのですよ」
「ですがガーランド侯。あなたの手は次を求めているようですが?」
「はは、何を馬鹿な、むぅ!」
アザーズ侯に指摘され、ガーランド将軍が唸り声を上げた。言葉ではあぁ言っていたのだけど、粥を掬った匙が口の前まで運ばれてる。どうやら無意識だったみたいだね。
「こんな、こんな物で私が! し、しかし、なんだこれは、惹きつけられる! 私の心をこの粥というものが! こんな一見粗末なものが!」
二口、三口、四口と将軍はお粥を次々と匙で掬って口に運んでいった。
「止まらぬ! 止まらぬ! なんだこれは! くっ、なんというものを、これでは、まるで魔法ではないか!」
そして遂にガーランド将軍は椀ごと口に持っていきがっつくように勢いよく口に運んでいった。
「ふぅ……旨かった。む、な、なんだこれは――」
食べ終えたガーランド将軍は満足気にお粥を評価してくれた。そして驚いたことに食べ終えたガーランド将軍の目から涙が溢れ出していた。
「お、おいあのガーランド将軍が涙を流してるぞ!」
「あの食通で知られるガーランド侯が……」
「箸をちょっと濡らしただけで怒り出すあの将軍が……」
箸で切れたのあんただったのか!
まさかまさかの正体だよ。父様、将軍に切れられてたのか……。
「な、なんてことだ。私はここまでの料理を食べたことがない、これに比べたら今日ここに並べられた料理など犬の餌だ……」
そこまで!? いやいや! 確かに自信はあったけど! だけどこれそこまで美味しさだけを売りにしたわけじゃないからね!
「お、おい将軍があそこまで言ってるんだ……」
「これは、食べるしかないわね!」
「おい! そのお粥を俺にもくれ!」
「こっちにもだ!」
「わしは鍋ごともらうぞ!」
何かわからないけど急に見ていた人たちがお粥を求め始めたよ! とにかく、僕たちは皆に配っていく。そのついでに食べ方を教えてあげた。流石にいちいち僕たちがよそってたんじゃ大変だし、そもそもこれは食べる人が好きな具材を選ばないと意味がないからね。
「これ旨い!」
「本当。それにするするお腹の中に入っていくわ」
「凄くさっぱりしているのよ。だからいくらでも食べられる」
「でも不思議、あんなにたくさん食べたのに、このお粥ならいくらでも食べられるわ」
うんうん、そうだよね。今回お粥を出す前に皆に気にせず出された料理を食べて欲しいと言ったのは、お粥の消化の良さをアピールするためでもあったんだ。
「……全く不思議な料理だ。私は実は最近胃の調子が悪くて、正直言えば今日用意された食事も手が進まなかった。食べたくても胃が受け付けなかったのだ」
うん、こういう宴で出る料理は確かに美味しい。でも全体的に味付けが濃くて油を多めに使っているんだ。だからどうしても胃がもたれるんだよね。特に年をとるとそう。僕も前世では150歳を過ぎたあたりからいつもなら牛の百頭分ぐらいの肉料理ペロリだったのに十頭分程度まで減ったし。
「だが、これはそんな私でも食べることが出来る。それに、この魚の塩漬け……これも正直私はこれまで旨いと思ったことがなかった。塩辛いばかりで新鮮な魚には一歩も二歩も味が劣るからだ。しかし、それがこのお粥と合わさることで随分とまろやかになり、舌触りもよく感じられる。塩漬けの欠点は失われ逆に塩の按配が心地よくさえある。それでいて塩漬けから抜けた塩味と魚のエキスが粥と混ざりあい、互いの良さが互いの良さをを引き立てあっている。こんな料理は、初めてだ! 旨い、旨いぞおぉおおおぉおおおおおぉおおおお!」
うんうん、さっきまで不満そうだった将軍も随分と喜んでくれているよ。なにかすごい饒舌になって料理を褒めてくれてるし。
「が、ガーランド侯……」
「は! し、しまったつい! くっ、だが、だが私は自分の舌には嘘がつけんのだ!」
それもわかるよ。人間本当に美味しいものを食べた後は心が正直になるんだよね。
「大賢者マゼルよ。本当に見事な料理を馳走になった」
「いえ、僕は特に何も。この料理を作ってくれた料理人がすごいのですよ」
「あっはっは、随分と殊勝ではないか。だが、そなたの父君から聞いているぞ。この料理を提案したのは大賢者マゼル、そなたというではないか」
「……マゼル凄い。魔法だけじゃなくて料理の知識も大賢者」
何かアザーズ侯爵やアイラにまで感心されたけど、お粥は僕もナイスに教わったことだし、自分の力ではないしなぁ。それにしてもいつのまにアザーズ侯爵まで大賢者呼びに……。
「しかし本当に不思議ですね。私も食は細い方なのですがこのお粥ならするする入る上、時間が経つと逆にお腹がスッキリしてきている」
「はい、このお粥は料理法で味も色々変わって楽しいのですが、今回は特に消化と食べやすさを重視しました」
「ほう、それは一体どのような工夫を?」
「はい、例えば今回お粥の中には予めレモンを大量に掛けてあります。酸味は口の中をさっぱりさせますし、レモンの効用として消化を早める手助けをし、それに内臓の働きもよくしてくれるのです。そのうえで薬膳を取り入れ、様々な薬草も材料として使っております」
「なるほど、それでいくら食べた後でも美味しく頂くことができたのだね」
「む、むう。なるほど私も大皿の唐揚げには大量にレモンを掛けたりするが、それと同じことか……」
うん、確かに唐揚げにもレモンが添えられてることが多いよね。
「勝手にレモン掛けてたの将軍だったのかよ……」
「小皿に分けてからやればいいのに……」
「将軍になるとそういう身勝手もゆるされるのね……」
時に、何か今のガーランド将軍の発言で、将軍の威厳が下がった気もしないでもないけど大丈夫かな?
「ふむ、やはり我が息子は大賢者であるな! 魔法が見られなかったのは残念だが、ここまで完璧な料理を披露するとは!」
「魔法も料理も伝説級。それこそ愛しのお兄様です」
何かまた妙な持ち上げられ方をしてる気がするんなぁ。とはいえ、これで米の件は大丈夫そうかな……。
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