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第23話 魔力0の大賢者、料理を披露する
sideガーランド
「今度こそ上手くいくのだろうな?」
「は、はい勿論です!」
ワグナーが私の前で頭を下げつつ報告してくれた。全く、さっきはこの私がわざわざお膳立てしてやったというのに無様な姿を晒しおってからに。
この男は大賢者にもそれに関わりの深いローラン家にも何か恨みつらみがあるとのことだったからな。この私が利用してやっているのだ。従順な犬らしくしっかり動いて欲しいものだ。
「釜は上手いことすり替えましたし、これで間違いなく米料理は失敗するはずです」
「ふふ、そうかそうか」
全く。それが聞けただけでも気持ちが随分と晴れやかになる。ただでさえ私の懐を痛めて作らせた魔導人形が破壊されたのだ。おかげで金貨50万枚分の投資が……クッ! 考えただけでムカムカする! この損失を取り戻すために一体どれほどの、ぐ、胃が!
「ガーランド侯、顔色が優れませんが大丈夫ですか?」
「うるさい! 誰のせいだと思っているのだ!」
「も、申し訳ありません!」
全く……とにかくだ、大分煮え湯を飲まされたが、私にとってさっきのあれはちょっとした暇つぶしみたいなものだ。本番はここからと見て良いだろう。そうだあれは暇つぶし、ここからが本番なのだ!
何せローラン領の米が輸出できるかどうかは、今宵の料理に掛かっている。それが目も当てられない程酷いものか、もしくは提供できないとあっては、ローラン伯爵の名も地に落ちるというもの。
そうなれば私もワグナーを利用して悪評を吹聴させ、経営難に陥らせ没落させることで、米の権利を安く買い叩くことも可能となる。
さてさて、今頃あの連中はきっと青い顔を見せていることだろう。あいつらが吠え面を描くところを想像すると、今から笑いがこみ上げてきて仕方がない。
「皆様、本日は当家の米料理を楽しみにして頂けているところ、お待たせしてしまい申し訳ありません」
ん? 遂にでてきたか。しかし、説明を始めたのはあの大賢者を名乗るガキか。くそ、忌々しい。私はワグナーに目配せした。
すると私の意図をしっかり理解したのか、あのマゼルに向けて動き出す。
「そこで、更に大変恐縮ではございますが、料理の完成までもう少しお待ちいただけますか? 勿論その分腕によりをかけて納得のいくものを仕上げてみせますので」
くくっ、来た! やはりそうか。ワグナーは上手く成功させたようだな。そう、だからこそやつらはまだ米料理を用意できていない。当然だ。ワグナーが用意した魔道具は水の量を徐々に増やしていく魔道具。米は水の配分が大事なことは知っていた。その量を乱せば容易に米をグズグズのベチャベチャにすることが出来る。
当然そんな米は食べるに値せず、かといって作り直す時間もない。これで、ローラン家は終わりだ。この舞踏会には多くの貴族が集まっている。その目の前で恥を晒すのだ。
「これはこれは、まいりましたな。まさか未だ料理が用意できないとは。今宵の舞踏会では料理も大事な要素の一つ。この豪華絢爛な料理に合う米料理というものに期待したのに、まだ完成しないとは。それで一体我々はどれぐらい待たされるのかな?」
ふふ、流石ワグナーだ。相手を煽ることに関しては本当に長けている。
「申し訳ありません。できるだけ急ぎますが、もう少しお時間を頂くことになるとは思います」
「ほう? なるほど。それでは我々はその間、出来るだけ料理に手を付けるのを抑えて置く必要があるということですな。それでは料理もすっかり冷めてしまいますなぁ」
「いえ、それは大丈夫です。むしろ皆様私たちの料理についてはお気になさらずこの美味しそうな料理の数々も存分にお楽しみください」
「……なに? それは一体どういうことですかな?」
ワグナーが問い返す。これは、私にもわからん。恐らく連中は失敗した米に顔を青くしている頃だと思うが、あの大賢者を名乗るマゼルの顔に変化が見られないのも気になるが……しかし、これだけ時間を掛けているのだ。米が失敗しているのは間違いないはずだろう。
「はい。いま私達が用意している料理は、どれだけお腹がいっぱいになっていても楽しめるものです。むしろ皆様のお腹が満たされ始めた頃のほうがより味わい深いものになる、そういった代物です」
なんだと? 馬鹿な。そんな料理があるわけない。料理にとって天敵は満腹だ。どれだけ優れた料理でもどれほど旨い料理でも腹が一杯ならまずく感じられるものだ。その上で更に無理して食べれば胃もたれし翌日など胃がムカムカして終日嫌な気持ちで過ごさなければいけなくなる。まるであの魔導人形を破壊された私のようにな!
「はは、それはなかなかおもしろいですな。まさかと思いますが、大賢者お得意の魔法で我々のお腹を空にでもするおつもりですかな? しかしそうなると困りましたな。もしかしたら大賢者様であればどれだけ不味いものでも美味しく感じさせる魔法が使えるかもしれない。だがそうなると本来の趣旨とは違うものになってしまう」
ワグナーはあれでなかなか上手いところをつく。それは私も危惧したところだ。魔法で味を変えるなどという卑怯な真似をされては興ざめもいいところだからな。
「いえ、それはありません。当然ですが料理には魔法などは一切使っていませんから」
「どうですかな? 怪しいものですなぁ」
全く私が言うのもなんだが、ワグナーの言い方は本当に嫌らしいな。だが、そうだな。そこまで言うのならここは私も乗っかっておいたほうが面白いことになりそうだ。
「まぁまぁワグナー卿。大賢者に尤も近いマゼルを育てたローラン家のことだ。きっと我々の想像もつかないような素晴らしい料理が用意されているのであろう。何より私も興味がある。どれだけ腹が満たされていても食べられる上に旨いというその魔法みたいな料理にね」
私の発言に触発されて周囲も随分と騒がしくなってきた。貴族たちが口々に米料理について話題にし始めたのだ。ふふ、良いではないか。注目度が高ければ高いほど、失敗した時の影響は大きい。
それから更に1時間ほどが過ぎたところで、ようやく料理が運ばれてきた。しかし、当然ここにいる連中は遠慮なく先にある料理を食べてきた。しかもこういった場での料理は材料もよく豪華で味も良いが、その分油が多めであったり味付けが濃かったりする。
私も最近はこの手の料理は食べた後すごぶる胃が重たくなる。同じ様に思っている者も多いだろう。特に女は既に料理に手を付けていないものも多い。この状況で米料理など食べられるはずがない。そもそも米自体が失敗しているはずなのだ。一体どんな悲惨な料理が用意されたか、はは、ある意味楽しみで仕方がないぞ!
そしてあの大賢者などとふざけた称号持ちのマゼルが、底の深い土鍋とかいう器の蓋を開く。もわっと白い湯気がたち、その中にあったそれを見て、私は勝利を確信した。
かか! やりおった! やはり予想通り米を作るのに失敗したんだ! 終わりだ! これでローラン家も!
◇◆◇
sideマゼル
「長らくお待たせいたしました。こちらが当家自慢の米料理でございます」
大きな土鍋を何個か積んだトレイを持ってきた後、僕は興味深そうにやってきた来賓客達に向けて挨拶し、その蓋を開いていった。白い湯気がモクモクと立ち込める。
さて、問題はこの料理の第一印象なんだけど。
「「「「「「え?」」」」」」
あ~やっぱり全員目が点になってるな。父様も僕の提案を聞いた時はこんな感じだったもんな~。
「プッ、あははは! これは驚いた。これだけまたせておいて一体どんな料理が出てくるかと思えば、いやいや流石にこれは出来損ないだ。食べられませんよ」
ワグナーが馬鹿にしたように笑ってきた。まぁこの反応は想定内ではあったけどね。
「う~ん、確かにこれは……」
「なんかドロッとして本当に食べ物かしら?」
そして周囲に持たれた印象も芳しくはない。そう、この料理の欠点はやはり見た目だ。何せ父様が悩んでいた失敗時のあれと殆ど見た目はかわらない。
「……大賢者マゼルよ。これは一体何の冗談かな? お主はさっき、どれだけ腹が膨れていようが美味しく食べられる魔法のような料理を提供するといっていたではないか?」
「はい、そのとおりです」
「なるほど。だが、これはどうみても失敗作。あのワグナーが言っていたように出来損ないであろう。もしやお前は本当はとっくに料理が失敗したのを判っていたにも拘わらずその場をごまかすために適当なことを言っていたわけではあるまいな?」
「そんなことはありません。そもそもこれは失敗作でも出来損ないでもありませんから」
「ふむ、なるほど。だが、いまさらそんな言い訳がましいことを言っても、は? 何? 失敗ではない?」
将軍がやってきて不満そうにしていたから説明したんだけど、そしたら面を食らったような顔を見せた。
だから僕は詳しい説明を開始する。
「この料理はお粥と言って、米を柔らかく煮た料理です。確かに見た目は慣れていない人には抵抗あるかもしれませんが、テーブルの上に並べさせて頂きました様々な具を組み合わせることで色々な味が楽しめるのですよ」
お粥の入った土鍋の周りにはそぼろ肉や野菜、それに漬物や魚介類を塩漬けしたものや腸詰めなども用意してある。
これらを組み合わせることでお粥を更に楽しむことが出来る。この料理は前世でナイスが米のことを学んできたついでに覚えてきたもので、当時は僕も抵抗があったものだ。
でも、食べてみればこのお粥の優れた点が理解できると思う。特にいまだからこそね。
「やれやれ、何かと思えば……まさか大賢者殿はこのような泥みたいな料理を本気で食べろと?」
「え? 泥ですか?」
「そのとおり。このようなグチャグチャしたものはまさに泥。全く、失敗しただけの米をよくそこまで……私が何も知らないと思って馬鹿にしているのですかな? これでも私は米を食したことがありますからな。勿論それは本場の島国がやっている本物の米ですが、それはこんなぐしゃぐしゃではなくツヤツヤとしたお米のたった素晴らしい代物でした。それなのに、全く失敗したなら失敗したと言えばいいものを」
随分な言われようだ。やっぱり知らないとそういうイメージなのだろうか……。
「皆様、我が息子マゼルは失敗したものを誤魔化すような男ではありません。どうか、どうか一口でも食べて頂けますか? そうすればきっとご理解頂けると思います」
「……だそうだが、どうする?」
「でも、何か泥といわれてしまうともうそうにしか見えないわ」
「ただでさえ満腹ですしな」
「何かお腹がタプタプになりそう」
しまった……まさかここまで見た目で忌避感を抱かれるなんて……どうしよう。一口食べてさえもらえれば父様の言うように判って貰えると思うのだけど――
「ならばそのお粥という料理。私が頂くとしよう」
だけど、そんな僕の耳に届く涼やかな声。見ると土鍋の前には凛とした表情の姫様が立って僕に微笑みかけてくれていた――
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