第7話 魔力0の大賢者と父

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第7話 魔力0の大賢者と父

side父  私は後の大賢者マゼルの父だ。名前はマダナイ。さて、ここ数年ほどの事を思い出すと、色々と驚きの連続であった。  先ずはなんといってもゼロの大賢者の再来だろう。我が息子後の大賢者マゼルは魔力が0の状態で生まれてきた。  これがもし大昔のことであれば、不憫な子として周囲からも扱われていたかもしれない。尤も私が大賢者のことを知らなかったとしたなら、妻と一緒に息子のことを何が何でも守り、立派に育て上げたことだろうが、それはそれとしてだ。  現在では魔力0で生まれることは奇跡の証明である。それは勿論かつてこの世界を数多の危機から救ってくれた大賢者マゼルその人こそがこの世界で初めて魔力0で生まれた人間にほかならないからだ。  世界の救世主にして英雄たる大賢者マゼルはこのローラン家の始祖たるナイス・ローランの師匠でもあった御方。  我が祖先は師匠の側に弟子として最も長くお仕えしたことでも知られている。    大賢者マゼルは魔力が0であるにも拘わらず人知を超えた大魔法の使い手として知れ渡り、古の伝説となった。    大賢者マゼルはなんと200歳まで生きた。そして天寿を全うし多くの子どもや弟子に看取られてあの世へ旅立った。  文献にはそう残されているが、同時に遠い先祖であるナイス・ローランは子孫にのみこう書き残してもいた。  大賢者マゼルはいつか必ず転生を果たす、と――そしてそれから500年余り、この間、魔力0で生まれてくる子どもなど一切現れなかった。  だが、私の代になり、遂に、遂に念願の魔力0の子どもが生まれたのだ。しかも私の息子として! 私はこの子は間違いなく大賢者マゼルの生まれ変わりだと信じている。本人に自覚はないようだが、そうでなければ魔力0で生まれ落ちてなどこないだろう。  その嬉しさから、私もつい我が伯爵領の町をマゼルの町と改名してしまった。  これに関しては……あのワグナー家にも随分と異を唱えられたものだが、この事自体は問題なく認められた。  ……正直言えばここ数年、我がローラン家の状況は芳しくない。かつては大賢者マゼルが最も信頼した側近であり弟子であったローラン家の始祖ナイス・ローランによって様々な偉業が成し遂げられ王国にこの家ありとまで称されるほどであった。  大賢者マゼルの意志を引き継ぐものとして歴史に名を残すような偉業も果たしてきた。魔術学院の自由化なども始祖であるナイス・ローランによって唱えられたものだ。それ以前は魔術学院は一部の有力貴族だけが通えるという門の狭い学び場であった。  奴隷廃止もナイス・ローランが大賢者マゼルの意志を引き継ぎ果たした改革だ。大賢者マゼルは王国の奴隷廃止に一石を投じた偉大な御方であったが志半ばでこの世を去ってしまった。しかし我が遠い祖がその意志をしっかりと受け継いだのだ。  その後もローラン家は名家として随分と名を馳せたものだが……現在、一部の貴族の間では我が家は没落寸前とまで囁かれ始めている程、功績を上げられずにいる。  この数年もローラン家からはこれと言った魔法の担い手も騎士も輩出出来ていない。商人や冒険者としてそこそこ活躍している兄弟もいるがあくまでそこそこだ。  現在、ローラン家の領地を守り続けているのは先祖代々から伯爵の位を受け続けた我が家ぐらいなものだ。  だからこそ後の大賢者マゼルの再来は青天の霹靂のような出来事であり、そして我が祖先からの贈り物のようにも感じている。  私には何が何でも立派な大賢者としてマゼルを育て上げるという宿命がある! 今はそう信じて疑っていない。    それにしても……後の大賢者マゼルが生まれてからしばらく我が家は良いこと続きだ。後の大賢者マゼルがこの世に生を受けて2年後、更に妻は娘を授かった。しかも生まれてきた娘もまた破格の魔力を持ち合わせていた。    この魔力であればすぐすく育ってくれれば王国に名を馳せるような大魔導師に成長できる可能性がある。いや下手したら魔帝に……高望みがすぎるかもしれないがどうしても期待が高鳴る。  しかも兄は後の大賢者マゼルだ。きっと良い刺激となることだろう。  後の大賢者マゼルとラーサと名付けた娘はそれからも順調に成長してくれた。ラーサに関して言えば3歳にしてちょっとした魔法なら行使できるほどの逸材であった。  一方マゼルは全く魔法を使うことができなかったが、これは問題ない。なぜならあの大賢者マゼルも本格的に魔法が使えるようになったのは18歳になってからと伝えられているからだ。  つまり大賢者は大器晩成型なのだ。だから慌てる必要もない。何より後の大賢者マゼルは魔法こそ使えないものの知識に関して貪欲だ。  一万冊に及ぶ蔵書数は我が家の自慢であったが、マゼルはそれを僅か2歳にして読み切ってしまったのだ。  やはり我が息子は大賢者マゼルの生まれ変わりとしか思えない。それほどの所業だ。賢すぎるだろ! 私はそれからマゼルのことを後の大賢者マゼルと呼ぶようになったわけだが、マゼルは恥ずかしいらしく当初はやめて欲しいとお願いされたものだ。  だが、これだけは譲れぬ! 私はマゼルが大賢者として認められるまでこういい続けるつもりだ。    後の大賢者マゼルが生まれてから我が家は豊作続きでもあった。これもきっと後の大賢者マゼルによる影響であろう。息子は全く関係がないと困っていた様子であったが本人に自覚がないだけなのだと思う。  だが、調子が良かった領地の農業にもある時ピンチが訪れた。グリーンウルフが大量に森から出てきて畑を荒らして回ったのだ。  我が領地ではイナ麦という特殊な麦を栽培しており、これを育てるために水田という他では余りみられない方法を用いるのだが、森を出てきたグリーンウルフはこの水田の水を求めてやってきて作物を荒らすのである。  このイナ麦の生産はローラン伯爵領の経営の柱であり、それに被害が及ぶのは死活問題だ。勿論不作に見舞われることもあるにはあるが、今回のような魔物による被害であれば可及的速やかに対策を講じる必要がある。    だから私は町の冒険者ギルドに直接出向き、解決のために至急動いて欲しいと資金を提供してきた。  今回のような魔物討伐は冒険者が得意としているところであり、ならばやはり冒険者が多く所属しているギルドに頼むのが筋だと思ったからだ。  だが、残念ながらそれでも事態はあまり好転しなかった。冒険者による調査でデススパイダーの存在が明らかになったのが大きかった。  デススパイダーは凶悪な魔物だ。残念ながらマゼルの町の冒険者ではとても歯が立たない。  ギルドのマスターは他の街のギルドに応援を頼んでいたようだが良い返事はもらえなかった――のだが、実はこの報告を受けた直後、無事問題は解決した。  何者かの手によってデススパイダーが退治されたからだ。だが、その正体は結局わからずじまいだった。何せデススパイダーは街道の側に放置されており、倒したものが何者なのか結局わからずじまいだったからだ。  だが、実はこれを私は後の大賢者たるマゼルの仕業じゃないかと考え始めた。  と、いうよりもそうとしか考えられない。かつての大賢者マゼルにも人知れず凶悪な魔物を倒したという伝説は残っていた。    そのことは結局明るみにでたのだが、時の大賢者マゼルはこれは魔法ではないなどと随分と奥ゆかしいことを言っていたと言われている。今回も似たようなことな気がしてならなく、とにかくそれから私は真相が知りたくて仕方なくなった。   だが、デススパイダーを退治しても被害にあった作物が戻るわけではないため、しばらくは各農家の被害状況を調べたり、その多寡によって減税や納税の猶予期間を求めたりと中々忙しなかったものだ。  だが、それも落ち着き、ようやく後の大賢者マゼルと妹のラーサが初矢を迎えることとなった。尤もラーサもマゼルも魔法による狩りになると私は踏んでいたわけだが。  とにかく初めての狩りに挑む2人を連れて私は西の森へ向かった。その頃には騒動も落ち着いていたし、デススパイダーはそれ以後は目撃されていない。    私たちが西の森へ向かうと聞きつけた冒険者ギルドから護衛の申し出があったか今回は丁重に断っておいた。  西の森に現れるグリーンウルフなどの魔物は私でも問題なく倒すことが出来る。むしろ狩りの獲物ですらある。  それ以外に出現する魔物も、そこまで脅威になるものはいない。  尤も私がここで期待するのは後の大賢者マゼルの魔法なのだがな。  森に入り最初に狩りを成功させたのはラーサであり見事初矢、この場合初魔というべきか? とにかく風の魔法で野ウサギを仕留めたのだ。  娘はまだ5歳であり、ここまでとはと私も驚いた。正直言えば当初は狩りには7歳になった息子と2人で出るつもりだったのだが、ラーサがどうしてもついてきたいとせがんできたこともありまた後の大賢者マゼルにも良い刺激になるかもしれないと思い許可した。  妹がここまで見事な狩りを見せれば、きっと後の大賢者マゼルも本気を出さざるを得ないだろうと思ったのだが……。 「僕は父様の狩りが見てみたいです!」  そんなことを言われてしまった。なんとも上手くはぐらかされた思いだが、やはり息子にこう言われると弱い。  なので近くにいたグリーンウルフに狙いを定め、弓を引いたのだが――そこでとんでもないことが起きた。  なんとグリーンウルフの上にヘヴィービートルが降ってきて圧殺してしまったのだ。  これには正直私も危機感を覚えた。しかしデススパイダーといいなぜこうも凶悪な魔物ばかり……しかもどれも昆虫系ばかりだ。  普段この森に昆虫系の魔物などでないはずだが……だが、思えば以前も領地にローカストと言う魔物が出現しイナ麦を食い散らかした事があったが――だがあれは特殊な事例と考えていたのだがな。  とにかく、この魔物も非常に危険だ。デススパイダーのような毒は有していないが、非常に硬い甲殻によって守られており、頭には鋭い角も備えている。  何よりこの魔物、特殊な魔法によって自らの体重を自由に変化させることが出来る。一説によると最大で重量を10倍にまで引き上げる事が可能ともされているのだ。  このヘヴィービートルは元の体重も重い。2mを優に超えるサイズであり、これであれば体重2500kgほどになるだろう。10倍まで増加すれば25tにもなる。  例え後の大賢者マゼルがデススパイダーを倒していたとしてもこいつは危険すぎる。頑強な甲殻は体重を増すことで防具としてだけでなく凶悪な武器としても機能する。  ヘヴィービートルの得意技は魔法で体重を増してからの突撃だ。その衝撃は魔法を施された投石機すらも凌駕する。  ヘヴィービートルの大群に見舞われ城が落ちたなどという逸話も残っているほどだ。たかが一匹されど一匹。  私はマゼルとラーサに早くここから離れるよう叫んだ。正直私一人でどこまで出来るかわからないが、父として逃げる時間ぐらいは稼がせてもらう!  そう思ったのだが――なんと私の考えをあざ笑うかのようにヘヴィービートルは羽を広げ飛び立ち、その上で魔法で体重を増加――マゼルとラーサに狙いを定め、空中から襲いかかった。    体重と速度をまして突撃する凶器。思わず叫んだ。脚も動いた、だが、間に合わない! なんてことだ、私が今日、狩りなどを計画したばかりに、大切な息子と娘が――だが。 『僕の愛妹を――いじめるなァアアァアア!』  その瞬間大気と大地が震えた。私には何が起きたか理解が出来なかった。ただ後の大賢者マゼルが激昂し、雄叫びのような声をあげたその瞬間、ヘヴィービートルが粉々に砕け散ったのだ。  その後には魔物の頭と、代表的な素材の一つである魔石のみが残されていた。  私はしばらく声が出なかった。いや、当然信じてはいた。息子はきっとあの大賢者マゼルの転生体だと。  だからこそ、現実に目にすると――感動も、一入だ!  そして、こみ上げる! 喜びが! 歓喜となって! 「う、うぉおおぉおぉおぉおおおおお! 流石だぞ、流石だぞ後の大賢者マゼルーーーー!」 「きゃ、きゃぁああああああ! 凄い、すっごーーい!」 「え? ちょ、待って、これはちが、いや、ふたりともそんな抱きつかないでーーーーーー!」
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