第3話 魔力0の大賢者、初めて魔法(物理)を披露する

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第3話 魔力0の大賢者、初めて魔法(物理)を披露する

「父様とも話したけど、僕はまだ魔法が使えないんだ」 「うぅうぅぅ~」    結局僕は妹にどうしてもとせがまれて、中庭までやってきた。ここには魔法練習用の木偶が置いてある。ラーサはよくここで覚えた魔法の練習をしていた。  それにしても、何故か小動物が唸ってるような雰囲気だな。そんな妹も可愛らしいけどね。 「先ず、私がやるなの!」 「あぁ、じゃあ見てるよ」  とりあえず僕は妹の魔法を見てみることにした。小さな手に木製の杖を握りしめて、妹が詠唱を行う。 「緑の凪、刻みの空、風の傷、追い立てよ刃――エアロカッター!」  突き出した杖から風の刃が飛び出し、木偶に深い傷を付けた。  この木偶は特殊な魔物の素材を使ってるから結構頑丈だし、傷ついてもすぐに修復される。  だからいくら魔法を打ち込んでも基本は大丈夫だ。 「さ、次はお兄ちゃんなの!」 「いや、だから僕は魔法が……」 「お兄ちゃん……ラーサのことが嫌いなの?」 「え、な、なんでそうなるのかな? お兄ちゃんがラーサを嫌いになるなんてありえないだろ?」  うるうるとした瞳で訴えてくるからドギマギしてしまった。それにしてもなんで嘘なんていいだしたんだ? 「だって、ラーサみたもん! お兄ちゃんが魔法でこの人形さんをバーン! て壊してるところみたもん!」  え? 見てた……まさか、あの夜のことか! 「見てたって、僕がこっそり試してたところ?」  こくこくと妹が頷いた。アチャ~あれを見られたのか。参ったな。確かにこれだけ本を見て学習すれば少しは魔法っぽいことが出来るんじゃないかと思って練習したことはある。    でもいくらやっても出来なくて、でも木偶相手に何も出来ないで終わるのが悔しくてつい力を試しちゃったんだよな……。 「ラーサ、お兄ちゃんの魔法が見たい!」 「う、う~ん……」  キラキラした瞳でせがんでくる妹は、そんな姿も可愛らしい。ここまで頼まれると心が揺らぐ。  参ったな、と頭に手をやりつつ考えるけど。 「……判ったよラーサ。ただ、約束してほしい。これはまだ練習中だから、僕とラーサだけの秘密で誰にも話さないって」 「うん! ラーサ約束する!」    ぐっと拳を握って誓ってくれた。ここまで言うなら……仕方ないか。やっぱり僕は妹に弱い。 「それじゃあやるよ」 「わくわく」  ラーサはわくわくしているようだ。そんな目で見られると緊張するけど――僕は左手を手刀に変えた。利き腕は右だけどそれで前回はやりすぎたから左にしておく。  そして的となる木偶を見据えて、できるだけ軽くを意識して――手刀を水平に薙いだ。 ――スパァアアアアアアン!  快音が鳴り響き、木偶の中心から切り株みたいに両断された。上半分が地面に落ちたのを確認して、僕はあちゃ~と天を仰いだ。  これでも前回よりはマシだけど、またやりすぎてしまった。本当はラーサ程度の傷を付けて終わらせるつもりだったのに。  どうもこの手の木偶は魔法には強くても物理的な衝撃には弱いようだ。前やったときなんて粉々に粉砕してしまって元に戻すのに苦労したし。 「う、うわぁ~お兄ちゃんすっご~い、すっご~い! なにこれなにこれ~すっご~い!」  でも、妹は喜んでくれたようだ。やたらとすっご~いを連呼されて気恥ずかしくなる。 「やっぱりお兄ちゃんは大賢者さんの生まれ変わりなんだね!」 「いやいや! 大げさだって!」  まぁ、間違ってはいないんだけど。 「詠唱もしてないのに~こんなにすごい風の魔法がつかえるんだもん! 凄いよ!」  うん、だってこれ物理だから、詠唱なんて必要ないからね。それにしても、風魔法、やっぱりそう思われるんだね。  前世でもそうだった。僕は山で師匠に拾われてから徹底的に肉体を強化された。そして僕は師匠にもう何も教えることはないと免許皆伝を言い渡されて山を降りたんだ。  僕はその時も結局魔法は一切つかえなかったから、その後冒険者ギルドに所属して活動を始めたんだけど、その後の行動が何故か周りから魔法だと勘違いされ、結果的に大賢者だともてはやされるようになった。  気づいたら話が大きくなりすぎてて、とても実は魔法なんて使えないんですとは言えない状況だったし、結局死ぬ間際まで真実は言えなかったんだよなぁ。  まぁ、その真実もナイスによって歪曲されて全く意図しない結果を生んでしまったんだけどね……。  そんなわけで、今、僕がみせたのも当然魔法ではない。物理だ。紛うことなき物理だ。  ただ、僕はまだ体は子どもだ。だから普通に考えたら前世の力をそのままは使えない。だけど僕には師匠仕込みの気があった。元々は別の島国で伝わっていた技術らしいんだけど、魔力とは異なり体内の第二の生命線であり気脈を利用することで肉体の強化を施したりが出来る。  そして僕は転生してもこの気を扱うことが出来た。だから5歳児の状態でも前世に近い力が引き出せる。とはいっても流石に全盛期のままってわけにはいかないけどね。    そんなわけで、いま僕がやったのは結局のところ肉体を強化して超高速で腕を振ったってだけなのだ。そうすることで衝撃が刃となって大気も遠くの的も切り裂いたんだ。    これを師匠は真空断罪掌って呼んでたけど、ちょっと痛々しいからその名称はつかっていない。  ちなみに掌じゃなくても拳でも出来るけど、その場合は面で命中するし、前回はそれで木偶が粉々になったから今回はやめておいた。 「う~ん、でもまたこれ壊しちゃったな……」  ちょっと衝撃に弱すぎるんだよねこれ。魔法特化だから仕方ないのかもだけど。 「パパが幾ら剣で切っても壊れなかったのにすご~い」 「はは、それは父様が手加減していたからだよ。そうでなかったら切れると思うし」  父様は魔法職ではなくて騎士だ。尤も騎士や戦士系のタイプであっても、自己強化魔法は使えたりするから。それで肉体を強化して戦ったりするんだけどね。 「でも、パパ、汗をかいて凄く必死に剣を振っていたよ~?」 「うん、それはね。敢えてこれを壊さないよう力をセーブして鍛錬したから、精神的にも疲労することになって汗を沢山かくんだよ」  力の制御は本当に大変だ。僕も師匠に散々仕込まれたな。細くて脆いガラスの針を指一本で支えて逆立ちして針を壊さないように耐え続ける。    体には猛禽類系の魔物が好物とする肉を巻き付けていたんだけど、当然肉狙いで魔物が襲ってくる。そいつらをうまく力を制御しながら撃退するといった修行を3ヶ月間やらされた。  針が割れたら下でグツグツと煮えたぎった溶岩に向けて真っ逆さまだから僕も必死だった。その時は流石に汗もすごかった。  父様もきっと似たような心境で日々の修行を重ねているんだろう。 「でも、お兄ちゃんなら魔法でこれを直せるんだよね!」 「う~ん、やっぱりそれも見ていたんだね」  何せこれは僕がやったと知られたくない。だから前回粉々に粉砕したときも破片を全部集めて直した。  ま、今回は前のときに比べたら楽だけどね。断面も綺麗なものだしこれなら。 「よっと、これでオッケー直ったよ」 「すっご~い! お兄ちゃんこれはなんて魔法なの~?」 「あ、うん。リペアだよ」  妹は僕を褒めてくれるけど、実際は当然魔法じゃない。壊れた物を直すリペアという便利魔法は実際に存在するけどね。  だけど僕がやってみせたのはもっと単純で、圧着というものだ。つまり木偶の断面を重ねて圧迫することでくっつけてしまったってわけ。  からくりさえわかればなんてことはない話だ。 「さて、これで木偶も無事直ったしラーサも満足かな?」 「うん! ラーサ、お兄ちゃんを見習ってもっと魔法がうまくなるよう頑張るね!」 「あ、あぁ。勿論ラーサならきっと今にもっと凄い魔法が使えるようになるよ」    尤も魔法という点だけならとっくにラーサは僕以上なんだけどね。  とにかく、魔法の件も片付いたし僕たちは部屋へと戻ることにした―― ◇◆◇ 「フンフンフンフン!(キン! キン! キン! キン! キン!)」  私は今日も朝から木偶を相手に剣を振る。日課となっている鍛錬だ。私はこれまでも何千、何万と木偶相手に剣を振り続けた。  大賢者の再来ともいえる息子のマゼルが生まれてから気のせいか私自身も調子が良く、体のキレが増している気がする。  何せローラン家待望の魔力0の誕生だ。我がローラン家の祖にしてゼロの大賢者たるマゼルが尤も信頼を置いていたという側使えでもあり後の大魔帝たるナイス・ローランも、大賢者マゼルがいずれ転生することを予知していた。  それは始祖の願いでもあったと思うが、その思いが遂に果たされたのだ。私としても感慨深く、立派に育て上げなければと思うと自然と活力が漲ってくるのである。    だから――今日こそはこの木偶を、切ってみせる!  そう思いながら、愚直に剣を振り続けるのだが―― 「やはり無理か――」  世の中ままならないものである。尤もこれも当然といえば当然か。何せこの木偶はハイメタルトレマージを素材にして作られたものだ。  ハイメタルトレマージは魔法にも強くまたそれ自体はとても硬く、剣や斧で幾ら切りつけたところで切り倒すことは不可能とされている。  木材に加工する上でも特殊な錬金術を使用しないと無理なぐらいだ。  ただこの木は表皮だけはそこまで丈夫ではなく、魔法で傷つけることも可能だ。実際私の剣でも表面は十分傷ついている。娘のラーサの風魔法でも切り傷がついたしな。  尤もまだ3歳の娘だ。表面だけとはいえ魔法で傷つけることが出来たのは十分凄いとも言える。我が家は後の大賢者たる息子だけではなく、下手すれば大魔導師として名を馳せるかもしれない娘まで輩出してしまったのかもな。  とはいえ付けた傷はすぐに元通りだ。この魔物の特徴はある程度の傷なら自己修復が可能というところでもあり、的として扱うには最適だ。尤もそれなりの値段はするから私も一体買うので精一杯だったけどな。    それほどのものを切り倒したいなどと偉く贅沢な気もするが、やはり騎士としては憧れる。  尤もこの素材を用いて作られた木偶を切ることが出来たものなど、剣聖と呼ばれるほどの一部の剣士や騎士だけなのだが。  つまり、私もこれを真っ二つに切ることができれば、剣聖と肩を並べられるまでになれたという証明になるのだが、やはり私の腕ではまだまだ厳しそうだな。 「お父様、朝から精が出ますね」 「おおマゼルか。どうだ、一緒に剣の修行でもしてみるか?」 「え? あ、いや僕は」 「あはは、冗談だ冗談。マゼルはいずれ大賢者となる男だからな。剣の修行など必要ないだろう」 「また父様もご冗談を」 「いやいや期待しているぞ。ガッハッハ!」  マゼルはそのまま引っ込んでしまったが、私は今から楽しみだ。  ふむ、改めて木偶を見る。もしかしたらマゼルならいずれ魔法でこの木偶を一刀両断に出来てしまうかもしれないな。本当に今からあの子の成長が楽しみで仕方がないぞ!
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