12人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
もうじき3時だ。
彼に連絡しなくちゃ…。
寒くて指先が凍えてしまいそうだけどスマホを取り出し数字を押す。
こうして3時に彼に連絡する事はもう何年も何年も続けている事。
クリスマスキャロルが流れる街中、笑顔の人たちが通り過ぎるのを見ているだけで私も幸せな気持ちでいっぱいになる。
しかも……、今日は……クリスマスイブ。
もうじき……、もうじき大好きなあの人が私の前に来てくれる。
この日をどんなに待ち望んでいたことだろう。
周りに胸の鼓動が聞こえてしまうのでは無いかと思うほど高鳴っている。
ついに、彼が現れた!
私がクリスマスプレゼントに買ってあげた深緑色のコートを羽織り、真っ直ぐに私に近付いてくる。
ああ、この瞬間が夢のように感じる。
彼は私の前に現れて無言のまま抱き締めた。
「ずっとずっと会いたかった」
耳元で彼の声がする。
こうして私は愛しの彼の心を掴む事ができたのでした。
******************
私と彼との物語は少し前にさかのぼる。
私は、隣に住んでいる幼馴染みの篤のことを物心ついた時から気になっていた。
一度小学校からの帰り道。
家まで私を送ってきてくれた篤は自分の家にまだ誰もいない事を知り、驚愕の表情で、『お腹すいた、何かくれ』
と私に言ってきた事があり、その時の学校の時との違う表情にドキマギしてしまった。
あー、篤のこんな顔を知ってるのは世界で私だけなんだって。
それから私は篤の事を好きになった。
その気持ちに気付いてから、自然といつも彼の姿を目で追うようになっていた。
小さな頃からイケメンで頭も良くて運動神経バツグンの彼はいつでも注目の的だった。
そんな彼だから、モテない訳がない。
彼の周りには常に女の子がたくさんいた。
彼が女の子に囲まれて学校から家に帰る中、私はただただ遠くから彼を見ていた。
他の女の子のように、羨望の眼差しで彼を見つめて、彼の側にいるただの女の子たちと一緒になりたくなかった。
何故なら、私はずっと前から彼の事を知っているし。
彼も私の気持ちに気付いているはず。
そして彼もきっと私の事を好きなはず。
その証拠に彼はコクられるだけコクられても一人の人と付き合うことは無く、適当にあしらって本気で誰かを選ぶことは無かった。
そして、私はあの日。篤が初めて私の部屋に入ってくれた3時に毎日メッセージを送るようにしていた。
積極的なアピールはすることなかったけど、誕生日、クリスマス、バレンタインデーなどは彼にあげていた。
どのプレゼントにもたくさんの愛を込めて、いつも手作りの物をあげていた。
彼はその度に、いつもはにかんだような笑顔を見せてくれた。
少し照れたように笑うその顔が大好きだった。
バレンタインデーの翌日には、家のポストに彼からのプレゼントが入れてあって。
ホワイトデーまで待ちきれないんだから!
何て思ってますます愛しくなった。
このまま平穏な時間が流れて行くのかと思っていた矢先のことだった……。
中学の卒業式。
私は彼からの第2ボタンを貰おうと息込んでいた。
卒業式が終わってからだと、たくさんの女の子たちに囲まれてボタンを引きちぎられる可能性があったから、卒業式の日の朝、彼の家の前で彼が出てくるのを待っていた。
「おはよぉー」
「……」
彼は私の姿を見た瞬間、引きつった表情をした。
朝彼を迎えに行くなんて久しぶりだったからだろう。
「あの、第2ボタン……ください」
彼は戸惑った表情をしてから、制服からボタンを引きちぎると、無言のまま私に差し出した。
嬉しすぎて涙が止まらなかった。
今でもそのボタンを肌身離さず持ち歩いている。
高校に入った彼は中学から続けていたサッカー部に入り、ますますモテるようになっていた。
そして、あの女が現れた。
結城ことり。
サッカー部のマネージャーで見た目だけは私よりずっと可愛い子。
だけど、中身空っぽのバカ女。
そんな女に彼を奪われるなんて思いもしなかった。
きっと、彼はあの女の上部に騙されているに違いない。
早く何とかしなくちゃ。
そう思えば思うほど、彼との間は離れて行く。
夏休みが終わる頃には二人の関係は前より濃くなっていた。
「ことりー、それキスマークじゃない?」
クラスのバカな女たちが、結城ことりの首を指差してキャッキャッ話している声がたまらなく憎かった。
篤は今悪い女に騙されているだけ。
必ず帰ってきてくれる!
でも……。
あの女がいなくなれば。
あんな女この世から消えてしまえばいいのよ。
そんな風に思うようになっていた。
「篤……」
冬の匂いがしてきたある日の帰り道、家の前で篤があの女とキスしているところを目撃してしまった。
彼は私と目が合うとバツが悪そうな顔をした。
一瞬、彼の目に見えた闇を私は忘れない。
そうだ、私たち、付き合うとかはっきりとした言葉は無かったけど、ずっと一緒だった。
ずっと一緒であり、嫌いになったとか言う言葉は一度も聞いていない。
その証拠に今だに毎日電話したり、手紙のやり取りをしていた。
私が彼宛てに手紙を書きポストに入れる。
次の日の朝、彼から手紙が返ってくる。
毎日毎日ずっと続いている。
間違いない、彼はあの女に騙されている。
そう確信した私は、彼とあの女の関係を終わりにしようとした。
私の元に彼が戻ってくるように。
そして、今日、あの女を学校の屋上に呼び出し……。
彼と別れるように話した。
初めは取り乱した彼女だったけど、長い時間話してようやく分かってくれたようで、最後には涙を溢して私の前から消えた。
************************
これが、彼と私の史上最強のラブストーリー。
「大好きよ、篤」
「……、もっと早くにこの想いに気付いていたら……」
寒いからかな?
篤の言葉が震えている。
ん?
何だろう?
お腹に鈍い痛みを感じる。
呼吸が苦しくなる。
あれ?
篤から体を離しふらふらと下がった。
篤の手、血まみれだよ?
私の……、私の血!
私の腹部にサバイバルナイフが刺さっていた。
周りの悲鳴が遠くから聞こえる。
「もっと早くこうしていれば……」
虚ろな目のままの篤が言う。
その瞬間、脳裏に記憶が甦る。
篤に電話?
確かに毎日してた。
だけど……、いつも、私から話すことはなかった。
『もしもし……?いい加減止めてくれないかな?正直オレも家族も迷惑してるんだ』
篤の声。
私は篤の声が聞ければ満足だった……。
バレンタインデーの翌日。
私の家のポストに入っていたのは、前日私が篤にあげたチョコレート。
篤からのプレゼントなんかじゃなかった。
篤から一度もお返しを貰ったことなかった。
卒業式の前日。
篤が家に帰ってくるのを待っていた私は……。
「篤くん……。明日卒業式だね。第2ボタン欲しいんだけど、もしくれなかったらこの家燃やしちゃうよ。嘘じゃないからね、そして、私はその中で息絶えるの!篤くんの家の中で……これって最高のハッピーエンドじゃない?」
場面が元に戻る。
虚ろな目のままの篤が続ける。
「このナイフ分かるよな?お前がことりを刺したナイフだよ!」
あ……。
はっきりとしたビジョンが頭によみがえった。
「私の篤を奪っておいて……消えろ、このクソビッチ」
逃げようとするあの女の身体中あのナイフで刺した。
泣き叫んで止めてと言うあの女の絶叫。
まだ耳に残ってる。
その声に反応して、私はまたナイフで刺す。
動かなくなったその後も私は彼女を刺し続けた。
「もっと早くもっと早く……」
呪文のように同じ言葉を続ける、篤くんの側に、私は必死で腕を伸ばしその服の裾を掴んだ。
「篤くんの手血だらけだよ、私の血だよ、ああ、これで篤くんの中に私は永遠に残る事ができるんだね、ありがとう……」
そう、これで永遠に篤の心は永遠に私のものになった。
大好きだよ、篤くん。
彼は私の血液がたくさんついたコートを脱ぎ捨て、私を引き離した。
いつの間にか降ってきた小さな雪が私の頬を濡らす
モールの時計が3時の時報を鳴らし私は幸福な気持ちで深い眠りに落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!