プロローグ

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プロローグ

「いいんだよ純一君。君が出来るのは知っている。僕は何度も目の前で見せてもらったからね」 テレビ朝売のディレクター真崎は、10歳の少年・御影純一にやさしい口調で話しかけた。 真崎は彼自身の言うとおり、実際に何度も目の前でそれを見たのだ。 1974年、日本は空前の超能力ブームの真っただ中にあった。 海外から来日した超能力者が実演した、スプーン曲げが発端となり、全国に自称・超能力少年が溢れかえったのだ。 それらの少年たちの大部分は稚拙な手品を演じたに過ぎなかったが、数名の少年は本物としか思えない能力を見せた。 その中でも突出した能力を見せた少年が、御影純一であった。 スプーンを曲げる程度なら、手を触れる必要すらなかった。 放り投げて空中で曲げることも出来たし、テーブルに置かれた数本のスプーンを手を触れず同時に曲げたこともある。 束ねた真っ直ぐな針金を空中に投げると、それらは鎖状に繋がった。 彼は金属だけでなく、普通なら折れてしまうはずの割りばしを曲げることもできた。 プラスチック製のスプーンを曲げて見せたこともある。 しかし時代の寵児となった純一は、アイドルスターなみの過密スケジュールに、すでに疲労困憊だったのだ。 「ごめんなさい、僕はもう出来ません」 泣き出しそうな声で純一は言った。 「疲れているのはわかるよ。でも、これはお仕事なんだ。本番で出来ませんでしたは通用しないからね。でも大丈夫だよ」 真崎は純一にスプーンを手渡した。 そのスプーンはすでに90度を超える角度で曲げられていた。 「本番ではこれを投げてくれるだけでいい。テレビというのはどうにでも写せるから大丈夫。こちらでちゃんと編集するから、わかったね」 純一少年は力なく頷いた。 真崎は純一を残しその場から離れると、スタジオの片隅でさきほどから2人の会話をじっと聞いていた、週間朝売の記者・小野寺に話しかけた。 「待たせたな小野寺。ブームは俺たちテレビが作り出す。ブームを終わらせるのは君たち週刊誌の仕事だ。しかし他局の系列誌にやらせるわけにはいかないからな」 「感謝するよ、真崎。持ち上げて、そして落とすか。ひとつのネタで2度稼がせてもらうわけだ。つくづく阿漕な商売だな、マスコミというのは」 「どうせ放っておいてもこんなバカなブームが長続きするわけないんだ。どこで幕を引くかが腕の見せ所なんだよ」 真崎はそう言うと、ひとりで不安げな表情をして折りたたみ椅子に座っている純一に目を向けた。 『お粗末!超能力はトリックだった』 『本誌カメラマンがスプーン曲げのトリックを見破る』 翌週発売された週間朝売は爆発的に売れた。 雑誌にはストロボ連続撮影された写真が掲載されていた。 そこには、御影純一少年が最初から曲がっているスプーンを投げている一部始終が写っていたのだ。 発売の翌日のテレビでは、純一の母親が泣きながら謝罪するシーンが放映された。 こうして空前の超能力ブームは幕を下したのである。 この話には世間ではあまり知られていない後日談がある。 超能力ブームが跡形もなく消え去った1975年の6月。 ブームの仕掛け人であった朝売テレビの真崎、ブームを終わらせた週間朝売の記者・小野寺の両名は、同月ともに急性心不全によって急死したのだ。 事件性はまったくなかったため、単なる病死として片づけられたが、マスコミ業界人の間では『超能力少年の呪い』という都市伝説になっている。 ━━…━━…━━…━━…━━…━━━━…━━…━━…━━…━━…━━ 「山科さん、科捜研の方がお見えになりましたよ」 2018年の某月某日、**署。 捜査一課の中年警部補・山科一郎は苦虫を噛み潰したような顔で来客を出迎えた。 「山科警部補ですね。私は科学捜査研究所所長の田村貴仁(たむらたかひと)です、こちらは所員の宮下です」 田村と名乗る50代半ばと見える男は、自己紹介とともに若い女性部下を紹介した。 「はじめまして、宮下真奈美(みやしたまなみ)です」 宮下真奈美は地味なスーツをきて、化粧気のない顔には大きな黒縁のメガネをかけている。 もともとはショートボブにカットされていたと思われる黒髪は、しばらく手入れされていないらしく、少し伸び過ぎているようだ。 若いのにあまり身なりに気を使わない性格らしい。 「田村さん、あんたの噂は聞いているよ。しかしまさか俺の刑事人生で超科学捜査研究所(S.S.R.I)に捜査協力を依頼する日が来るとは思わなかったぜ」 その言葉を聞いた田代はニヤリと笑みを浮かべた。 「S.S.R.Iは存在しませんよ。都市伝説です」 「表立ってはな。しかしあんたは存在するし、あんたらの仕事は公然の秘密だ。本当に噂通りの力があるのかね?」 「お見せしましょう。宮下君、山科刑事を読ませてもらいなさい」 田代がそう言うと、真奈美が山科の前に進み出た。 「では失礼させていただきます。まず奥様とのことは残念でしたね。お子様とはもう長らくお会いになっていないのですか?」 真奈美の言葉を聞いて山科は少し顔を引きつらせたが、できるだけ表情を変えないようにして言った。 「俺の離婚の事はあらかじめ調べれば分かることだ。その程度か?」 「スーツの内ポケットに、警察手帳とは別の手帳がありますね。お子様の写真が入っています」 山科はこめかみから脂汗を流した。 「・・・あんたらが超能力者(サイキック)だという噂は本当の事なのか?」 真奈美は少し微笑んで答えた。 「いいえ、超能力者(サイキック)など存在しません。これはコールドリーディングという技術です。観察して分析しただけです」 「今の読心術がコールドリーディングだというのか?」 「はい、離婚してお子様と会えなくなった子煩悩な男性は、たいてい子供の写真を身に着けているものです」 山科は逆に真奈美の表情を読もうとした。しかし真奈美は長年の刑事経験をもってしても掴みどころのない表情だ。 「では、どうして俺の内ポケットに警察手帳とは別の手帳があることがわかった?」 真奈美はもう一度微笑んだがそれには答えなかった。 「山科さん、そろそろ本題に入りましょうか?」 田代が山科に話を促した。 山科は大きなため息をひとつつくと、事件のあらましを話しはじめた。 「お前さん方もすでに報道で知っているだろうが、コスモエナジー救世会事件な。ほんとうにお手上げなんだよ」
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