プロローグ 2

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プロローグ 2

 その時、また風が吹いた。―――リナ……。彼女ははっきり、そこに自分を呼ぶ声を聴いた。  風の吹いてきた方を仰ぎ見る。そこには、闇に塗り込められた世界で、唯一の人の存在を感じさせる光が薄く遠くに見えていた。  赤い、光。木立に見え隠れし、それでも理奈はその光だけを見てそこに向かった。やがて光は大きくなり、その赤い光の中に揺らめく人影があることに気付くと、理奈は知らず駆けだしていた。 ―――……おかあさん―。  細い枝に引っ掻かれ、不確かな地面に苦心しながら、理奈は駆けた。そうして藪を突き抜けた先には、思いかけず広い空間が広がっていた。  森の中に突如現れた広場。ぽっかりとそこにだけ立木がない。そして月光に照らされ、赤い光だと思っていたものが、そこに静かに佇んでいた。  赤い車だ。丸い形状が特徴の、小さな車。それが後部を向けて止まっている。  理奈はふと、違和を感じた。――…何かがおかしい…。そして、彼女の胸の内に急速に不安が広がった。  よく見ればそこは異様な現場だった。地面には抉れたスリップ痕がはっきりと残り、破壊された立木が無残に横倒れている。それの原因となったのであろう赤い車はボンネットがぐしゃぐしゃに潰れており、そこらじゅうに機械片とガラスの破片を撒き散らしていた。  フロントガラスは辛うじてまだ付いている。が、そのフロントガラスを見て理奈は凍りついた。  放射状に広がるガラスの亀裂。その中心には、べっとりと赤黒い液体と、長い髪のようなものが張り付いていた……。  それが何であるかということを脳が理解するにつれ、彼女は胸の内がゾクゾクとあわ立ち始めた。 ―――ゴソ…。 「ひっ…」  車の中で何かが動いた。しかし、理奈は身がすくんで動けない。  まるで金縛りにあってしまったかのようだ。そして、車内の影は尚も揺れ動いた。フロントガラスの微細な亀裂がモザイクのように像を歪ませるが、そこから見えたのは髪の長い、女だった。  そしてとうとう影はドアに取り付き、そのロックを開けた。 ―――ガチャ…。  理奈は音に全身で反応しながら、そこを凝視し続けた。次いで不快な金属の軋み音を上げながら、ドアがゆっくりと開いていく……。  ドアから最初に現れたのは、白い足だった。恐ろしいほどに白い。血管が透けて見えるのではないかと思えるほどの、女の素足。  次いで地面に降り立ったその女を見て、理奈は顔から血の気を失った。  自分の見知った顔がそこにある。毎日鏡で見る、自分自身の顔だ。  しかしその目は恐ろしいほどに生気がない。まるで、虚無の眼窩にガラス玉で出来た目を入れてあるようだ。  いつか読んだ、『鏡の世界』という絵本が脳裏をかすめた。鏡の世界のもう一人の自分。しかし“その自分”は、暗黒で作られている……。
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