表に出ろ!

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「表に出ろ!」  金曜日の夜、突然の怒号がカウンター席しかない狭い店内に響き渡る。路地裏の小さな居酒屋にしては不釣り合いの状況だった。叫んだ男はガンっと乱暴に引き戸を開け、表に出て行った。  私は少々呆気にとられて、傾けたグラスからハイボールをこぼしてしまった。もったいない。  店のおかみさんもかぼちゃの煮つけを箸でつかんだまま、入口のほうを見つめていた。  開いた戸の先にもはや男の姿はなく、その後に続いた人間もいない。足早に行き交う人々の足だけが暖簾越しに見えるだけだった。  誰と一体ケンカをしていたというのだろう。私は首をかしげた。  やがて、客の1人が言う。「おかみさん、あれって食い逃げじゃないかな?」  おかみさんは「あっ!」と声を出して、慌てて表に出て行った。たぶん、追いつけはしまい。時間も経っているし、おかみさんは和服だ。しばらくして、おかみさんは怒り心頭といった顔をして帰ってきた。 「ああっ!もう悔しい!」 「まあまあ、おかみさん落ち着いて。警察に連絡したほうがいいんじゃないかな」  と、また客の1人が言った。  私も隣でうなずいて、おかみさんの顔を見る。おかみさんもあきらめた様子で「そうね」とため息交じりにいった。  ここは路地裏の店なので、常連客しかほとんど来ないのだが、たまに新入りも来る。あの男は見たことのない奴だった。それ自体はそんなに珍しくない。私もここの店から漂う香ばしい匂いにつられて初めて来店し、今や常連客だ。今も何かを炒める香ばしい匂いが店内に漂っている。  こんないい店で食い逃げするなんて、なんて奴だろう。私もふつふつと怒りが込み上げてきて、おかみさんを励まそうと口を開きかけた。すると突然、また客の1人が叫んだ。 「表に出ろ!」  そして、さっきと同様にガンっと乱暴に引き戸を開け表に出て行った。おかみさんは、今度こそ逃がしてなるものかとカウンターから飛び出していった。  今度は、私もおかみさんを援護せんと後を追う。表に出ると、おかみさんと飛び出していった第2の男の背中が見えた。逃がしてなるものか、久しぶりに全速力で走った。すれ違う人たちも何やら騒いでいる。捕り物帳を見る野次馬といったところだろうか。  しかし、私も歳だ。息が切れてきたために、顔が上がる。その瞬間、夜なのに空が煌々と赤いことに気づいた。  私は慌てて踵を返し、もと来た道を走り、店に戻って叫んだ。 「表に出ろ!」  残っていた客がきょとんとした顔をして私を見た。  おかみさんの店は全焼は免れたものの、壁の一部は焼けてしまい、しばらくは休業を余儀なくされた。
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