四百年ほど昔(1)

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 それは凪の横を音もなく素通りした。その動きに合わせるように、凪も視線を動かす。猿彦の背中が随分と小さくなっていた。  次の瞬間、白い何かが細い八本の脚を僅かに曲げる。凪の視界から消えた。  見回す。月の光の下、地面を動く影に気がつき素早く視線を上げた。  満月を背に白い何かが猿彦に向かって跳び上がっていたのだ。頭部にあたる位置の下部に薄い線が引かれる。 「口?」  そう思うと同時だった。  顎が裂けるのではないかと思うほど大きく開いた。そこから赤い肉の塊のような、もう一つの口が飛び出す。  網に偶然かかった事がある、深い海から来た魚を思い出してしまった。小鬼鮫と呼ばれるその魚は口からもう一つの口が飛び出る。それにとてもよく似ていたのだ。
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