第二十一章 苦悩

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 馨は俺の膝から立ち上がると、寝室を出て行った。一分ほどで戻ってきた時、手には茶封筒があった。  封筒を差し出され、俺は受け取った。ベッドに並んで座り、封筒から中身を取り出した。薄いファイルが二冊、入っていた。  一冊は素行調査報告書。もう一冊は身辺調査報告書。  ページをめくると、明朝体で印刷された『黛賢也氏の素行調査結果』という言葉が目に入った。日付は一年ほど前。 「高校卒業を控えた桜から黛と結婚したいと言われて、調査したの」  ざっと目を通しただけで、黛がいかに最低な人間かがわかる。学生の頃から女性関係にはだらしなく、付き合いのあった友人の中には、覚せい剤の売人として逮捕されている人間もいた。黛自身にも覚せい剤所持と使用の疑いがあった。 「これを見せれば、妹も目が覚めたんじゃないのか?」 「そうかもしれない。けど、過去を知られた黛が逆上するのを恐れて、私は桜を留学させたの」  ある意味、賢明な判断だ。  この報告書が明るみに出たとしても、黛が逮捕されるわけでもない。恨みを買って報復に怯えるよりも、物理的な距離を取った方が安全だ。 「今は社会的な立場もあるし、そこまで無謀じゃないと思いたいけど、怖くて……」 「平内も知ってるのか?」  馨は俯いて首を振った。 「覚せい剤云々のことは言ってない。女にだらしなくて、ガラの悪い連中と付き合いがあるみたいだ、としか」 「過剰反応しそうだからな」 「うん」と、頷く。 「馨は、黛が春日野を流産させるために覚せい剤を使うと思ってるのか?」 「わからないけど……。可能性がないとも思えないし、もう使われてるかもしれない」 「もう……?」 「……」  口を閉ざした馨は、膝の上で握りしめた拳を震わせていた。彼女の手を開くと、掌に爪の痕が赤く残っていた。  痕をさすりながら、馨の顔を覗き込む。 「使われたことがあるのか」 「……」 「(あいつ)に何かされたのか」 「…………」 「馨!」 「私じゃ……な……」  かろうじて聞こえる声。 「妹か!?」
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