056『オレオレ詐欺』

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「はい、もしもし」 「あ、父さん? オレオレ」 「シンイチか。どうしたんだ、まったく連絡もよこさんで。盆も正月も帰って来ないじゃないか」 「そんなことより、困ったことになったんだ。友達に借りた車でドライブしてたら、人をはねちゃって」 「何? そりゃ本当か」 「本当だよ。相手は妊娠中の女でさ、すぐに病院へ運んだんだけど、流産しちゃったんだ。そのあと、女の亭主ってのが来たんだけど、どうやらヤクザみたいなんだ。それで、示談にしてやるから500万払えって」 「金か」 「だから、オレの銀行口座にすぐ振り込んでほしいんだよ」 「500万円でいいのか」 「あ、いや。それが、借りた車を壊しちゃって。ベンツだから修理費が高くつくんだ、それも500万くらい」 「わかった、まかせろ」 「本当かい。助かった、父さん恩に着るよ。じゃ、いまから口座番号を言うから」 「金など払う必要はない」 「え?」 「お前は何も心配するな。あとはすべて父さんが始末してやるから、このことは忘れてしまうんだ」 「何だって?」 「お前は事故など起こさなかった、誰も傷つけてはおらん。そして車なんぞ借りなかった、いいな」 「ちょっと、何を言ってるんだよ」 「シンイチ、まさか父さんの仕事を忘れたわけではあるまい。お前のために、全力でもみ消してやろうってんだ。ありがたく思え」 「ど、どういうこと?」 「お前とこうして電話をしている間にも、情報はいくつか収集できた。いま、お前が使っている携帯電話の信号をGPSに照会したら、そっちの所在位置が特定できた。その付近にある救急病院はひとつ、妊婦はそこに入院しているのだろう。それからその電話、非通知設定を破らせてもらった。電話番号をもとに契約者情報をダウンロードしたが、持ち主はシンイチじゃないな。こいつは誰だ。それとも、お前を脅迫しているのが、この男なのか?」 「あ、あの・・・」 「おっと、交通課から照会結果が返ってきた。ここ数日、都内で発生した人身事故でベンツが関わっているものは・・・。おかしいな、ないぞ」 「じ、事故のこと、警察に言ってないんだ」 「いま、病院のデータベースに侵入した。変だな、こっちにも、救急搬送された妊婦なんておらんぞ」 「き、救急車は呼ばなかったから。車で病院に運んだから」 「ベンツでか、修理に500万もかかるほど大破したんだろう。よく走ったな」 「あ・・・。とにかく、金を振り込んでよ。相手はヤクザなんだから」 「何も心配するな。妊婦の女とヤクザの男、それからベンツの弁償を要求している友達。全員この世から消してやろう」 「ちょっと。いったい」 「父さんを見くびるなよ。これでもまだ人間の5人や6人、消せる力はある。手始めに、お前がかけている携帯電話の持ち主、そいつからヤッてしまおう。この電話をきったら、どこか遠くへ行っていろ。お前が容疑者にされては面倒だからな」 「ま、待って」 「待てんよ。指示を出してしまった、取り消しはできない。今晩中にカタをつけてやるから」  息子を名乗った相手は、悲鳴とともに電話をきってしまった。  老人は、黒電話の受話器を置くと、コタツにむき直って足をさする。読みかけだった本『初心者でもわかるインターネット』をひろげるが、しおりを入れ忘れていたことに気づいた。  となりでは老婦人が、慣れた手つきで編み物をしていた。 「お電話、誰からだったんですか」 「シンイチだ」 「今月で3人目ですね」 「自動車で人をはねたそうだ」 「まあ、それで被害者の方は」 「妊婦さんで、流産したらしい」 「ひどい。いくら作り話にしても、よくそんなことを」 「むこうも必死なんだよ、人を騙すのに」 「多いですね、『オレオレ詐欺』」 「最近は『振り込め詐欺』と呼ぶらしい。この前は、会社の大事な書類をなくしたんで賠償金300万。その前が旅行先で金を盗まれたんで100万おくってほしい、か」 「してみたいですね、100万円持って旅行」 「先月は、銀行のカードが不正使用されているから、カードを預かりたいと銀行員が来たな」 「うちは郵便局の通帳しかないんですけどね」 「それにしても、どのシンイチも、みな元気そうだ」 「おじいさん、私たちは幸せですよ。こうして年金と畑の作物で不自由なく暮らしていけるし、病気も困りごともないし。息子のシンイチからも、こうして電話があるし」 「ああ。20年前に死んだ息子から」 「カードを取りに来た銀行員さんは、シンイチじゃなかったけど」 「だから、庭に埋めたんじゃないか」  老夫婦は、口のはしを曲げて笑った。
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