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元号が変わるから、それまでになにかを成し遂げてみたかった。
みたかった。みたかっただけ。
気がつけば年号も変わってるし、十連休もなにごともなく過ぎて、いつもと変わらない日常にわたしはいる。学校に行って、苦手科目に頭を抱える日々。数学は数学者に任せればいいじゃん。
変わったのは、陽が長くなったことくらい。ついこの前までは、学校でぐだぐだしてるとすぐ暗くなったけど、十七時過ぎてもまだ明るい。
なにかをしようと思ったのに、そのなにかがみつからなくて、楽器とか、絵とか、スポーツとか、色々と試したけど結局ダメだった。というか途中で気づいてたけど、なにか成し遂げるのにそんな短期間でできるわけがなかったんだよね。
それでもがんばってギターと絵を続けてみたけれど、わかったのはわたしに才能はないってことだけ。
「やんなっちゃうなぁ」
机におでこをくっつけて低い声でああああって唸ると、自分の声がうるさい。
やることもなく行くところもなく、ただ毎日こうして人がいなくなった教室に残って、わたしはなにをしてるんだろう。窓の外の喧騒がより憂鬱にさせる。いいなあ。わたしも吹奏楽やってればよかったかな。
「んー。そんなこともあるよ」
わたしがなんでやんなっちゃうか、わかってるのかわかってないのか、曖昧に微笑む真理は、言いながらも手を休めることはない。ノートの上をボールペンが走る。
真理は放課後、家に帰らないで勉強をしている。バイトの日以外はずっとこうだ。授業の予習復習のときもあれば、わたしにはよくわからないことを調べていたりもする。勉強が好きだって前に聞いた。頭が動いている感じが気持ちいって。
変態だと思った。同時に羨ましかった。
まあ、勉強している真理を見るのが好きなわたしも、たいがい変態かもしれないんだけど。
だって、楽しそうに勉強するんだもん。この顔は、この時しか見られないんだから、しかたないじゃん。
何の意味もなくスマホを見れば、もう十七時二十八分。外はまだ明るくて、五月のくせに肌寒い。すごしやすくて良い日だった。
「もう随分明るくなったよね」
「結構前から、この時間は明るいよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「そっかぁ。なんか、わたしだけ取り残されてる気分だ」
「大丈夫、ここにいるから」
……いまいち噛み合ってない気がする。気のせい?
うーん。
「今日肌寒いね」
「そうだね」
「もう五月なのにね」
「ほんとにね」
「でも良い天気」
「うん」
「明日も晴れるかな」
「どうかね」
「わたし邪魔?」
「どうしたの? 一緒にいてくれて嬉しいよ」
「キュン」
「ふふ。私がちゃんと話聞いてないと思ったの?」
「鋭い」
「聞いてるよ。いつも」
「勉強しながら?」
「さすがに問題解いてる時とかは無理だけど、今はノートにわかりやすくまとめてるだけだから」
さらっと、やっぱり手を止めずに言ってるけど、わたしには無理だ。何かしながら話せるとしたら、スマホいじりながらくらい。それも文章打ってると無理。
多才だなぁ真理は。運動はできないけど、歌も結構うまいし、料理できるし、実は化粧とか普段してるわたしよりうまいし、いやそれは元が良いのか? なんて恐ろしいポテンシャルなんだ真理は。楽器とか絵とかもできちゃう? できそう。いいなあ髪もさらさらだし。
「なに? どうしたの今日は」
「髪、まっすぐでいいなぁって」
「私はエマのくせっ毛好きだよ」
表情は柔らかいまま、真理は手をとめて、わたしのことを見てくれた。本当に邪魔してどうするんだ。
それに甘えて、ほんと、どうしようもない。
「真理は、才能がいくつもあっていいなって」
「エマにもあるよ」
「ないよ。あったらもっとなんか違う気がする」
「曖昧だね」
「だってないからわかんないもん」
「そうだなぁ」
目をつむるのは、真理が何かを考える時のくせ。何かを聞いているようにも見える。放課後の、休み時間とはまた違う喧騒を、楽しんでるみたい。
瞼を上げた時、全ての音が一瞬消えた気がした。そんなわけないんだけど。
「なんにでも、才能が必要なんだ」
「なんにでも?」
「そう」
「言いすぎじゃない?」
「そんなことないよ」
「じゃあわたしにはなんの才能があるの?」
「まず、生きる才能」
「なにそれ」
「大切な才能だよ」
「生きるなんて誰でもできるじゃん」
「そうかな?」
「そう、じゃないの?」
「そうかもしれない。でも、大多数がもってるから才能じゃない、なんてことはないんだよ」
「そうかなー」
「例えば、エマは私が勉強が好きな所とか、歌のこととかを才能って言ってるんでしょ?」
「まあそうだよ」
「それだって、何人もの人が持ってる才能じゃん」
「それは、そうだけど」
「そんなもんだよ、才能なんて」
なんか腑に落ちない。だけど、それよりもなぜかさみしそうな真理が気になる。
じっと見ていると、恥ずかしそうに視線を逸らした。
今なら、もっと深く踏み込める気がする。ただ踏み込んでしまうと、わたしたちのなにかが終わる気がする。この心地よい時間が、壊れる気がする。
それでも、踏み込むのが友達、なのかな。
それとも、本人から言ってくれるのを待てるのが、友達?
たぶん、どっちも間違いじゃない。だからこそ、皆迷って、失敗したりするんだ。そしてわたしも例外じゃない。
でも、どうしたらより良いのかは、がんばって考えたい。
「ううううううん」
「どうしたの、急に唸りだして」
「いや、どうするべきかなって」
「そんなに深く考えなくていいと思うよ。探す時間はまだあるんだから」
「違う。真理のこと」
「私の?」
しまった。言っちゃった。
「あ。うん。そうだね、覚悟を決めよう。なにかあった?」
「……それもエマの才能だと思うよ」
「何が?」
「踏み込むことを、選べること」
「それは真理だから」
「嬉しいな。でも、ごめん」
「言えない?」
「うまく言葉にできないの」
「真理が?」
「私だって、思考がまとまらないことはたくさんあるよ」
「じゃあ、まとまったら聞ける?」
「いつになるかわからないけど」
「じゃあそれまで傍にいればいいだけだね」
「だけって、ずっと私と一緒にいる気なの?」
「え? うん。死なない限りは」
目をまんまるにして真理が固まった。なに、どうしたの? 変顔見る?ほれ。あ、笑った。さすがテッパンの顔。
すごい笑うじゃん涙流すほど笑ってもらったのは初めてだわ。満足。真理がこんなに笑ったのを見たのは、そういえば久々だ。前回はなんで笑ったんだっけ。
笑いをどうにかとめようとしているところに追い打ちをかけて叩かれる。今ならなにしても笑いそう。でもこれくらいにしておいてあげよう。
真理はようやく落ち着いて、それでも少し笑いをもらしていた。
「ほんと、エマはすごいよ」
「でしょう。これで何人も笑わせてきてるからね」
「うん、うん。そうだね」
また噛み合ってない気がする。まあいっか。
なんとなく、もう流れていない涙を拭いてあげると、くすぐったそうに笑う。今日はよく笑う日だ。いや、さっきはわたしの功績だけどね。
「エマ」
「なに?」
「私が死ぬまで、仲良くしてね」
「死ぬ気なの?」
「わかんない」
「そっか。じゃあ、そうしてあげる」
「ありが――」
「ただし」
うわ、唇やらかっ。でも今真面目な話してるから自制。
「死んだら絶交ね」
指をどけてしばらく見つめ合う。カーテンをはためかせていた風がやんだ。
「……わかった」
「ならよし」
まあわたしがそれほど真理の中で大きな存在かどうかはわかんないけど、これで少しでもためらってもらえるなら、その間に物理的にとめればいいだけだし。
そのためにも、傍にいないと。
ボールペンが紙の上を走る音が、また聞こえ始める。なんだかちょっと上機嫌に思えるのは、わたしが都合よくとらえ過ぎ?
それでもいい。この時間は永遠ではないから。
だから、見られるだけ見ていよう。
楽しそうな顔を、ずっと。
了
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