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「葉月?あれは確か、地方の貴族の娘だよ。三女か四女だったか……」
陛下はそう語ると笑った。
身分が違うという見当は外れていた。地方とはいえ貴族の娘ならば十分だろう。
「当主はあれを使って私に取り入ろうとでもしたのだろう。でも本人があの調子だからな。毒気が抜ける」
安堵したような表情を見せる陛下に確信めいたものを感じた。
「彼女を娶るおつもりですか?」
そう尋ねると陛下は目を伏せた。
「そんな話は欠片もしていないが……そうだな、あれとは長い付き合いだ。事情も知っているし気安い仲だ。悪くない」
陛下の妻となった女と子を作る……先日の話が頭を巡る。
「彼女にこの国を任せてもいいと?」
そっと目を開けた陛下の瞳が俺を捉えた。
彼女を妻とし、子を成し、世継ぎとするならば、陛下はこの国を手放し、呑気な娘に任せるということなのだろう。
「……私の国だよ。今は」
いつもの激情の片鱗もない、どこか哀愁の漂うその姿に口を噤んだ。
「申し訳ございません。過ぎたことを致しました」
「いや、いい。自分の祖国だ。思いやって当然だろう」
ふぅ、と息をつく陛下が一瞬とても近しい存在に見えた。
「それは、陛下、あなたも同じでしょう」
だから軽々しくそんな口をきいたのだろう。
「……もう下がれ。これ以上貴様と世間話している暇はない」
そう言われて自室へ戻る途中、葉月とすれ違った。彼女は陛下の元へ行くのだと嬉しそうに言っていた。
彼女のように信頼されるにはまだ随分と時間が必要なのだろう。
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