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まどろみの追走
「あぁ、確かにいきなりでしたよね。びっくりさせてすみません……」
驚きっぱなしのわたしに、有栖くんはちょっとだけ申し訳なさそうに言葉をかけてくる。といっても、別に彼が悪いわけじゃなくて、この珍事にはれっきとした犯人がいるんだったらその人が悪いんだけど……。
「え、わたし別に探偵とか警察みたいなこととか、できないよ? な、なんか手伝うって言っても何したらいいのかな……?」
できることなんて全然ないと思うんだけど、ていうかできることなら別にわたしだけ動けるようにとかじゃなくて、ただ元に戻るのを待ってるだけでもいいんだけど。
そう思っていると、有栖くんは「あぁ、大丈夫ですよ?」と軽い口調で付け加えてきた。え、大丈夫ってどういうこと? ちょっとよくわからなくて、思わず目を丸くしてしまう。
「犯人――というか自称時計ウサギは、いたずら好きで、だけど寂しがり屋なんです。たぶん、動ける人がいたら自分から寄ってくると想うんですよね。あぁ、もちろん危ないこともないですよ? ただ一緒に話したりする相手がほしいだけなんですから」
「ふふ、なんか子どもみたい」
「別に笑うようなことでもないんですけどね……」
「え、あぁ、そうだよね? こんな風に全部止まりっぱなしっていうのも……なんか寂しいもんね」
「………………、」
「あれ、なんか変なこと言った?」
「……あ、いえ、なんかそういうこと言う人って珍しいな、って」
「え、そうなの?」
「なんていうか、時間が止まるなんて前提が普通はないから、止まったときにひとりだったら、とかそういうの思うことってないっていうか……。そういうの凄いな、って」
「うーん、なんかよくわかんないけど、有栖くんはどう思うの?」
「えっ?」
「有栖くんも、こうやって止まった時間の中で動けるでしょ? 今までのこととか全然わかんないんだけど、どうだったのかな、って……」
有栖くんはしばらく視線を泳がせた後、「寂しかった……んですかね、僕も」と小さな声で言った。なんとなく気恥ずかしそうにそっぽを向いている姿がなんだか年相応に見えて、なんとなく笑ってしまっていた。
……けど、やっぱり寂しいんだろうなぁ。
その『時計ウサギ』がどんな人なのかわからないけど、きっと自分しかいない世界なんて寂しいし、つまらないと思う。
だから、その『時計ウサギ』がもしこっちに来たら、いろいろ話してみようとも思った。時間を止めることについてじゃなくても、それこそいろんなことを。もしかしたら、その人の望んでいることではないかも知れないけど、なんとなくそうしたい、って思った。
「……なんか、ありがとうございました、お姉さん。なんか、励ましてもらったみたいになっちゃって」
「ううん、気にしないで? あと、わたしのことも『お姉さん』じゃなくて、叶、でいいよ? いつまでも『お姉さん』も、なんか他人行儀だし」
有栖くんのことだけ名前で呼び続けるのも、なんとなく申し訳ないような気持ちになるし……。
「か……、」
「ん?」
有栖くんが一瞬言葉に詰まったように見えた。どうかしたのかな、何か声かけた方がいい……?
「叶さん、ありがとうございます。なんか、ちょっと気持ちがいいっていうか……、気力が戻ってきたっていうか! またちょっと時計ウサギのやつを探してきます!」
声をかけようとしたら急に元気になって、どこかに走り出してしまった。うーん……、有栖くんくらいの頃もクラスの男子のこととかよくわからなかったけど、今でも、まだよくわかんないなぁ……。
「もしもし、えっと……カナエさん?でしたっけ」
「え、……えっ!?」
まず、有栖くん以外の人に名前を呼ばれたことに。
それから、振り返った先にウサギのお面をつけた男の子がいたことに。
わたしは、2回驚かされてしまうことになった。
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