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迷路のような街
もしかしたら、どこか物陰でわたしのことを待ち構えているかも知れない。追いかけながら追いかけられる鬼ごっこなんてやったことないから、どういう心構えでいたらいいのかよくわからないけど、とにかく慎重に歩くことにした。
普段来てるのに、違うところみたい……。
そこまで思ったところで、普段通りじゃない理由のひとつにおもいあたってしまって、少しだけ胸が痛んだ。
『叶ってほんとに、いつも物珍しそうにここの景色見てるよね』
『だって、来るたびに何か新しいことしてない!? むしろ諒くんがあっさりし過ぎなんだよ~』
『いや、見慣れちゃってるしなぁ』
呆れたように笑う彼の顔が、まだ頭に焼き付いている。それから、『お互いめんどくさくない?』とわたしを気遣うように見せかけた別れの言葉も。
本当に、何が面倒だったんだろう?
少なくとも、わたしは何もなかった。それはもちろん、付き合っている間にいろいろと合わない部分は見つかるし、同じものを見ても感じるものが違って揉めたりとか、そういうことは何回もあった。けど、これからわかり合えていけることなんだと思ってた。
だけど――。
「叶さん?」
「――――、」
危ない危ない、すっかり物思いに耽ってしまっていた。ついさっき別れたばかりの彼も、きっと時間が止まったまままだこの近くにいるのかな……とか思ったら、彼との思い出が多いこの場所を歩いているのが、少しだけつらくなってきた。
そんなときに、聞いた有栖くんの声に、不思議と安心してしまっていた。
けれど、有栖くんの顔はすぐに曇ってしまった。そしてわたしに近付いて、まっすぐに顔を覗いてくる。……印象はなんとなく幼さの残る男の子っていう感じだったけど、近くで見ると所々がもう大人の男の人に近付いているように見えて、なんだか見つめているのが後ろめたくなる。
そんな彼が、少し心配そうに尋ねてきた。
「…………、叶さん、もしかして何かありました? その……なにか嫌なこととか、」
「え、ううん。別にそんなことないよ」
そんなに顔に出てたのかな――と少し申し訳なくなる。……有栖くんには話すようなことじゃないから、なんでもないとは言ったけど、どんな顔をしてそう答えられているか自分でもわからない。
ううん、たぶん『そんなことない』わけではないのはバレちゃってるかも。その証拠に、有栖くんの心配そうな顔はまだ晴れていない。
「大丈夫ですか、なんか顔赤いし、体調もあんまりよくないんじゃ……? よかったら落ち着くまでどこかで休んで、鬼ごっこの方は僕に任せてくれませんか?」
あぁ、そんなに気を遣わせちゃってるんだな……そう思いながら、わたしは有栖くんが伸ばしてきた手を取らずに、代わりに彼の肩に触れた。
「つかまえた」
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