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プロローグ
それは赤く丸い月が昇る晩のこと。酒を浴びるように飲んで街を歩いていた中年の男が、その屋敷の前に通りかかった。
「くそっ、こっちは今月もやっとというのに、良いよなあ金持ちは」
悪態をつき、街で噂の資産家であるローランド家の、忌々しいほど豪奢な門に向かって唾を吐き捨てる。それで溜飲が下がった男は、危なっかしい足取りで踵を返そうとしたのだが。
「キャーッ」
突然、耳をつんざくような悲鳴が夜の静寂を引き裂き、男は度肝を抜かれて一気に酔いが覚めた。
「なっ、なんだ?」
よもや自分の行いが屋敷の住人に見られたわけではあるまい。そして今の悲鳴は尋常ではなかった。この屋敷で一体何が起こっている。
男は一瞬で様々なことを考え、堂々とそびえた屋敷を仰ぎ見るも、禍々しい血のような月を背にしているだけで、その中で何が起こっているかまでは窺い知れない。そして何か異常な事態が起こっているとしても、侵入してまで確かめるわけにはいかないので、外から目を凝らす他なかった。
悲鳴以外の物音は、残念ながらあまりに広々とした庭園に吸い込まれて届いて来ない。しかし、しばらく男が身動きできずにいると、ふと一つの部屋の明かりが点いた。
真っ赤な窓が浮かび上がる。
初め、それは赤い月が反射しているのか、もしくは電灯自体が赤い色をしているのかと思った。ところが、よくよく目を凝らした男は、あまりに毒々しい色合いにぎょっとし、腰を抜かした。遠目にも分かる。それは赤い液体、血だった。
男は発狂しかけたのを寸前で堪える。もし明かりを点けたのが犯人であれば、自分の身も危ないことに気が付いたのだ。
もたつく足を滅茶苦茶に動かしながら、男は慌てて屋敷を後にする。もう、金持ちだからと言ってローランド家を羨む気持ちは微塵もなかった。
必死で家に帰り着くと、男は急いで警察に通報する。無我夢中だったので、自分がどのように警察に説明したか分からない。何度も言い直しながら、男は警察相手に同じ言葉を繰り返した。
「もう俺は赤い色は見たくもねえ。赤い月が出る日は出歩かねえ。恐ろしい、恐ろしい」
と、がたがた震えながら。
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