万華鏡ナイトデート① 

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万華鏡ナイトデート① 

「えっ?」  こっそりと盗み見た小山田の横顔は、額からあごにかけてのラインが綺麗で、すっくりと首がのびている。 「だから帰りに合コン来てってば。原が俺に来いってうるさいんだけど、あと一人足りないみたいだから。仁木、何か用事ある?」 「……」  用事があるかと訊かれれば、それは何もない。  授業は体育で、今日は男子は柔道だった。隣に並んでいた小山田が、何とはない日常会話みたいに話しかけてくる。 「カラオケくらいだし。相手は聖マリア女学院だって」 「あの……」 「電車ですぐだし、良いよな?」  小山田の目に俺はどう映っているのか、どうも合コンなんか行くタイプじゃないってことくらい、誰にだってわかりそうなのに。  その無邪気にきらりと光る瞳は、俺の言葉を先回りして止めてしまう。  いつか何処を探しても小山田がいない日が来て、そうしたら、今日の時間も思い出になるんだろうか?  言葉にならずに曖昧に揺れている想いが、ちくり胸に痛い。  この想いは小山田に届く前に、どこにも辿りつかずに、サヨナラすら告げることなく封印するもの。 「ストレッチ始め!」  俺が小山田にはっきり返事をしてしまう前に、体育教師の堺は四十代半ばの日焼けした姿で、太い声で号令をかけた。  俺は剛田と二人一組になっていたが、小山田から思いもかけない誘いを受けて、うっかりしていた。  剛田が開脚しているところに、ぐいと押し込めるところへ掌を入れて押してしまった。 「いってぇ! いだだだ!」  短髪のごつい体が叫ぶと、パッと何人かが振り返って、俺は慌てて手を離した。 「ごめん」 「なんかグイッと来たぞ。優しくしろよぉ」 「ごめんってば」 「よし、今度は俺がやり返してやる」  剛田はにやりと笑った。  俺は開脚すると腰から前へ追って肘をついた。剛田に押されるまま、そのままぺたんと床に伏せた。ふう、と息を吐くとそのままストレッチを続けた。 「えっ、仁木すげぇじゃん」  剛田は面白そうに、ぐいぐい押してきて、さすがにちょっと振り返って視線で抗議するけど、剛田は何か可笑しそうに、にやっと笑うだけだった。  教師の堺が見回り終わって、前に立った。 「今日は、背負い投げで相手を背中に乗せるところまでやるぞ。相手の衿をこう手で取り、身を返して相手の下に入って背中に引き寄せる。この時、背負われる側は足で踏みとどまってもいい」 「おしっ」  剛田が俺を立ち上がらせて、向き合う形になった。 「仁木、いくぞ!」 「えッ、待……」  いきなり剛田に衿をつかまれて引き寄せられ、思わず、バン!と足で床を踏んだ。 「剛田!」  見た目通りに凄い力で、剛田は衿を引いたまま、俺は踏み留まったまま、睨み合う。 「あ、意外とやるなぁ。細っこいのに」 「そういう問題じゃないだろ!」  試合開始も始まっていないのに、突然向かって来るなんて。  剛田は構わずに、片頬で笑うと、衿をぎゅっと掴んで来た。  何を考えているのか量りかねて、されるままになっていると、ぐいっと背中に乗せられた。背負い投げの型だけど投げるつもりなのか、ここで留まるつもりなのか。  その時、そのまま投げられそうな勢いになったのを、反射的に逆らって、剛田の技をザッと外した。  次に衿をとる時に、剛田が組手にして、足を刈ってきた。 「何だよッ!」  剛田を睨み、俺はバランスを欠いたのを踏みとどまった。  剛田の太い首の衿を取り、お互いに向き合うかたちになる。  即座に、剛田が動き出したので組み合いとなって、その瞬間に、間髪入れずに身体が反応していた。 「うぉッ!」  しまった――と思った時には、剛田の身体が宙を舞っていた。  ぐるりと回った剛田がバンと受け身を取ると同時に、床に身を打ち付けてダメージがないように、つかんだ剛田の片手をグイッと引き上げた。 「ごめん!」  辺りはシーンと静まり返っていて、剛田だけが立ち上がりながら、にやにやと俺を見ている。  やってしまった―― 「うおー、びっくりした。強いなぁ」  小山田がびっくりしたような瞳で俺を見つめている。  なるべく目立たないようにやって来たのに、それを突然に技をかけてきた剛田を、恨むような気持ちで睨んだ。 「まぁまぁ怒るなよー」 「こらお前ら! 勝手に試合すんな!」 「すみません」  とりあえず堺に向き直って謝った。
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