万華鏡ナイトデート②

1/2
前へ
/95ページ
次へ

万華鏡ナイトデート②

「ねえ、小山田くん、歌ってないよ。何か歌って?」  前髪を揃えてポニーテールにしたコが、少し身を乗り出して言った。  原と剛田は立ち上がってうまく会話を盛り上げ、どこで覚えたのだろう、ヒット曲を替え歌にしたのを歌って女子たちにウケている。  俺にはとても出来ないことを軽々としていて、楽しんでいるのは素直に尊敬する。  小山田は俺を合コンに引っ張ってきたものの、しばらくの間、言葉少なで、どこか心ここにあらずな風情さえする。 「ねえ、小山田くん」  囁くような高くて転がるような声。柔らかそうな手脚。どれも俺の持たないもの。  彼女たちの聖マリア女学院は、瑠奈が行くんじゃないかと、俺がてっきり思っていた女子高だ。  清潔な白いブラウスに大きめのリボン、淡いブルーの爽やかなスカートが可愛らしい。  この子たちじゃなくて、瑠奈が着たらどんなだっただろう?  思わず頭は飛んで想像してしまう。  きっと凛とした佇まいの中でも、清楚で人形のように可愛かったに違いない――  そんなことをぼんやり考えていたけど、小山田は組んだ指をぎゅっとその唇に押し当てて、自分の考えに沈みこむようで、女の子の問いかけに答えていない。  どうしたんだろう?  いつもの小山田のイメージなら合コンも楽しんで、中心にいて、気遣いもソツなくしそうなのに。 「小山田――」  隣にいる小山田の腕をそっとつついた。軽く触れるだけでも勇気がいるし、たぶん俺はぎこちなくて。 「え?」 「歌わないの、って」 「ああ――今日はいいや」  いつもとはどこか違う投げやりな言い方に、俺は高鳴る鼓動をどうにか抑えて、小山田に寄って小さく囁いた。 「彼女、でもいた? 気乗りしなさそうだけど……」 「前はね。今は――好きな子のこと考えてた」 「あ……そうなんだ……」  心のやわらかい部分がどこか衝撃を受けるのは、どうして。 「やっぱり今日は来ないほうが良かったかなって思って」 「そっか……」 「何だか、どうして良いか、わかんない」 「小山田?」 「……」  真昼の太陽が雲に隠れたようで、クラスの中では見せないような憂いの表情に、俺は目を奪われた。 「あの――嫌なら抜けても良いんじゃない? 原と剛田には言っておくし……居たくないのに居ても……」 「仁木は? 俺が誘っちゃったし」 「俺なら大丈夫。あ、ほら、原と剛田がほとんどやってくれてるし」  俺はぎこちなく微笑して、盛り上げている二人を見やった。 「小山田くん、どの曲入れる?」  ポニーテールの子が席を回ってきて、小山田の隣に座って覗きこむ。  ちらり、と俺は横を見た。  小山田はふっと視線を下げて、沈黙が落ちる。  どうにもこの三人の間に気まずい空気が漂っていて、俺は思わず口走ってしまっていた。 「あ――俺が、歌う」  やべ――  言ってしまってから、しまったと後悔で頭がぐるぐる回る。  だいたい、俺は求められていない。  それに、最近の曲なんか知らない。  だのに、どこか小山田を守りたいというか、言葉にできない複雑な想いが心を占めて言ってしまっていた。  小山田がぱちりと目を開いて、どこか驚いたようにこちらを見ていて、俺は半ばやけになって、カラオケのタッチパネルで曲を見ていった。  洋楽のところで、母が好きでよく歌っていた曲にぶつかった。それを選択して転送する。  母が家から去ってから繰り返し一人で歌って――もう帰って来はしないのだと諦めた日から、歌うのを止めた。 「まじか、仁木」  剛田がにやっとしながら、こちらを見ていて、マイクを投げて寄こしたから、空中でキャッチした。 「ちゃんと渡せって」  視線で咎めても剛田は笑っているだけだ。  心底やけになって、俺は口を開いた。 「Fly me to the moon, and let me play among …... Let me see what spring is on Jupiter and ……」  今となってはすごく遠い曲だ、と思う。母は英語も流暢で、ピアノを伴奏に弾き語りをしてこんな曲をよく歌っていた。 (私を月へと連れて行って、星々の中で遊ばせて。  木星や火星にはどんな春が訪れるか見せて。  これはね、私の手を握って、って意味よ)  そうして本当に、閉じ込められた場所から、羽ばたく鳥のように宙へと飛び去って、帰って来なかった女性。  それは遠い遠い追憶の中の、瑠奈のように長い髪をたなびかせ、ワンピースを着てまどろむように歌っていた姿。  歌い終えると辺りは、しん、としてしまった。  やってしまった――  もうこの場から逃げ去ってしまいたい。  突然に明るい声が響いた。 「俺、この曲好き。これピアノで弾くよ」  小山田が、いつもしているようにくるりと瞳を回して、俺を見た。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!

437人が本棚に入れています
本棚に追加