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万華鏡ナイトデート②
「ねえ、小山田くん、歌ってないよ。何か歌って?」
前髪を揃えてポニーテールにしたコが、少し身を乗り出して言った。
原と剛田は立ち上がってうまく会話を盛り上げ、どこで覚えたのだろう、ヒット曲を替え歌にしたのを歌って女子たちにウケている。
俺にはとても出来ないことを軽々としていて、楽しんでいるのは素直に尊敬する。
小山田は俺を合コンに引っ張ってきたものの、しばらくの間、言葉少なで、どこか心ここにあらずな風情さえする。
「ねえ、小山田くん」
囁くような高くて転がるような声。柔らかそうな手脚。どれも俺の持たないもの。
彼女たちの聖マリア女学院は、瑠奈が行くんじゃないかと、俺がてっきり思っていた女子高だ。
清潔な白いブラウスに大きめのリボン、淡いブルーの爽やかなスカートが可愛らしい。
この子たちじゃなくて、瑠奈が着たらどんなだっただろう?
思わず頭は飛んで想像してしまう。
きっと凛とした佇まいの中でも、清楚で人形のように可愛かったに違いない――
そんなことをぼんやり考えていたけど、小山田は組んだ指をぎゅっとその唇に押し当てて、自分の考えに沈みこむようで、女の子の問いかけに答えていない。
どうしたんだろう?
いつもの小山田のイメージなら合コンも楽しんで、中心にいて、気遣いもソツなくしそうなのに。
「小山田――」
隣にいる小山田の腕をそっとつついた。軽く触れるだけでも勇気がいるし、たぶん俺はぎこちなくて。
「え?」
「歌わないの、って」
「ああ――今日はいいや」
いつもとはどこか違う投げやりな言い方に、俺は高鳴る鼓動をどうにか抑えて、小山田に寄って小さく囁いた。
「彼女、でもいた? 気乗りしなさそうだけど……」
「前はね。今は――好きな子のこと考えてた」
「あ……そうなんだ……」
心のやわらかい部分がどこか衝撃を受けるのは、どうして。
「やっぱり今日は来ないほうが良かったかなって思って」
「そっか……」
「何だか、どうして良いか、わかんない」
「小山田?」
「……」
真昼の太陽が雲に隠れたようで、クラスの中では見せないような憂いの表情に、俺は目を奪われた。
「あの――嫌なら抜けても良いんじゃない? 原と剛田には言っておくし……居たくないのに居ても……」
「仁木は? 俺が誘っちゃったし」
「俺なら大丈夫。あ、ほら、原と剛田がほとんどやってくれてるし」
俺はぎこちなく微笑して、盛り上げている二人を見やった。
「小山田くん、どの曲入れる?」
ポニーテールの子が席を回ってきて、小山田の隣に座って覗きこむ。
ちらり、と俺は横を見た。
小山田はふっと視線を下げて、沈黙が落ちる。
どうにもこの三人の間に気まずい空気が漂っていて、俺は思わず口走ってしまっていた。
「あ――俺が、歌う」
やべ――
言ってしまってから、しまったと後悔で頭がぐるぐる回る。
だいたい、俺は求められていない。
それに、最近の曲なんか知らない。
だのに、どこか小山田を守りたいというか、言葉にできない複雑な想いが心を占めて言ってしまっていた。
小山田がぱちりと目を開いて、どこか驚いたようにこちらを見ていて、俺は半ばやけになって、カラオケのタッチパネルで曲を見ていった。
洋楽のところで、母が好きでよく歌っていた曲にぶつかった。それを選択して転送する。
母が家から去ってから繰り返し一人で歌って――もう帰って来はしないのだと諦めた日から、歌うのを止めた。
「まじか、仁木」
剛田がにやっとしながら、こちらを見ていて、マイクを投げて寄こしたから、空中でキャッチした。
「ちゃんと渡せって」
視線で咎めても剛田は笑っているだけだ。
心底やけになって、俺は口を開いた。
「Fly me to the moon, and let me play among …...
Let me see what spring is on Jupiter and ……」
今となってはすごく遠い曲だ、と思う。母は英語も流暢で、ピアノを伴奏に弾き語りをしてこんな曲をよく歌っていた。
(私を月へと連れて行って、星々の中で遊ばせて。
木星や火星にはどんな春が訪れるか見せて。
これはね、私の手を握って、って意味よ)
そうして本当に、閉じ込められた場所から、羽ばたく鳥のように宙へと飛び去って、帰って来なかった女性。
それは遠い遠い追憶の中の、瑠奈のように長い髪をたなびかせ、ワンピースを着てまどろむように歌っていた姿。
歌い終えると辺りは、しん、としてしまった。
やってしまった――
もうこの場から逃げ去ってしまいたい。
突然に明るい声が響いた。
「俺、この曲好き。これピアノで弾くよ」
小山田が、いつもしているようにくるりと瞳を回して、俺を見た。
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