万華鏡ナイトデート③

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 学生服のまま男二人で、並んで周遊ボートのチケットを買って。  小山田は船内に入ると、螺旋階段を駆け上がって、最上階の船先のデッキへと飛び出した。  宵の薄闇に、ライトアップされたデッキには、男女の恋人たちが並んでいて。  小山田は周りには何も気を留めない様子で、大きく伸びをすると、それと同時にシティボートはぐるりと動き出して旋回し、俺はちょっとよろめいた。 「危ないな」  小山田の肩に、よろめきを受け止められて、その清潔な肩に顔が触れた。  初めて知る、彼の間近な匂い。 「う、うん」  俺は熱くなった頬を指先で押さえて、ふっと後退って手擦りをつかんだ。  きらり夜の街を遠くにして、海風の合間に、行き過ぎていくイルミネーションの羅列。  もしかしたら、ふっと悪戯の中に彷徨いこんだ夢のような気もしてくる。  フワッと舞い上がり、ときめきと共に、風になぶられて吹きすぎていく想い。  グルグルといつまでも果てなく回るメリーゴーランドのよう――たくさんの景色が過ぎて、たくさんの色彩が押し寄せて、心がアップダウンして。  埠頭から夜の海へと周遊していく船の速さが、閉じ込めていた籠の中の心を、大きく押し出すようで。  もう夜の初めの空には満月が浮かんでいて、それはまるで金色の光を繋げるきらめきのバルーン。  ずっと憧れていた横顔は、すぐ隣にあって、視線が合えばいたずらそうに微笑む。  回る回る、大切な瞬間たち。  何てことない平凡なはずだった今日は、トクベツになって。  それは、すべて小山田のため。  精一杯に息を吸い込んで。過ぎて行くイルミネーションを指差す彼の、瞳輝かす姿を、二度と忘れてしまわないように記憶に刻んで。  どんなささいなことでも、今夜のすべては宝物。  好き、その呼吸の仕方も。  好き、その風に乱れていく髪も。  もうこの恋は、今日のこの瞬間に、すべてが報われた気がする。  巡る巡る夜景に、彼の笑顔があれば、それは一つ一つが新しい奇跡。  今夜の彼の横顔は、俺だけが知っているもの。 「どうかした?」 「ううん――ありがとう、と思って」 「そう?楽しい?」 「うん――初めて乗ったしね、ボート」  首を傾げて少し不思議そうに俺を見る小山田の後ろで、ナイトブルーに染められて、万華鏡みたいにキラキラまわる夜景。  一瞬一瞬が魔法みたいにきらめいた今夜を、きっと永遠に忘れない。 「ありがとう」  複雑すぎるこの想いを折り畳んで、俺は心をこめてそう小山田に呟いた。  胸のアルバムに、この思い出だけを大切に重ねて。 「あー、結構楽しかったな」  駅への帰り道、小山田はすらりとした背に鞄をブラブラさせながら、茶色のくせっ毛を風になびかせて歩いている。 「それは良かった」  見上げれば、くっきりした二重の瞳は、夜の中でも明るくて、視線が降りて来てかち合ってしまう前に、俺は急いで視線を反らした。  もうすぐ、かけがえのない時間は終わってしまうことに名残惜しさは感じるけれど、なるべく何でもない風で、彼の横を歩いている。  小山田とこうして二人で遊んでいた、ということに現実感がなくて、それなのに緊張してしまう。  いっそすべてが夢だったのなら、その端正な横顔をずっと眺めていられたのに。  現実は、そんなことをすればドン引きされるに違いなくて。  ただもうこんな奇跡の時間を、大切に両手でそっと壊さないよう胸の奥の扉に忘れずにしまっておくのだ。 「仁木がボート初めてなんて、意外」 「そう?」
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