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「子どもの時乗らなかった? あ、あとデートに使わない?」
「子どもの時も乗らなかったし――デート、したことないし」
「えっ?」
「小山田じゃないし――小山田は、デートに使うんだろ?」
「ん。まあね」
「やっぱり」
くすりと笑いかけると、小山田はちょっと考えるように前を見ている。
「仁木はデートしないの?」
「いや、相手いないし」
「いるでしょ。さっきも口説かれてたでしょ」
「あれはあの子が変わってるんだと思うよ……」
「ふーん、じゃあ牽制してんのかな。仁木はクールっていうか、冷たそうに見えるから。安住さんは? 安住さんは彼女じゃないの?」
「だから、違うって――だって、瑠奈は――」
「だって?」
「あ……瑠奈は、小さい頃から知っていて、今は大学生の彼氏がいて、俺は相談役っていうか、その話相手っていうか」
「じゃあ、付き合ってないのは本当?」
「付き合ってるわけないよ。瑠奈は鷹宮さんが好きで、俺はそれを見守ってるだけ。瑠奈が俺を必要でなくなるまで」
「それは仁木が安住さんを好きってこと?」
「好きだよ。恋愛じゃないけれど。俺には瑠奈を護る必要があって、その責任があるうちはずっと瑠奈を見てるよ」
いつか瑠奈がすべてから解放されて、ただ純粋な笑顔でいられる日まで。
それまで俺はナイトでいる。
「ただ幼馴染ってだけでそこまで思う?それって無償で愛してるじゃん」
「愛してるよ。瑠奈は本当に綺麗で、真っ直ぐで。好きな人と楽しくて明るい人生になって欲しいなって思うよ。俺がそばにいても許される間は、護っていたいなって思う」
あの事件の傷痕が消えないとしても、塞がれるまで。
「それってやっぱり、仁木は安住さんが好きってことじゃん」
「うん。恋愛感情じゃないけどね。だって、俺が好きなのは――」
そこまで言って、ハッとして口を噤んだ。
しばらく、しんと沈黙が落ちて、俺は気まずさに身を強張らせた。
「仁木、好きな人いるんだ?」
「……」
俺は何も答えることが出来ずに、ただうつむいた。
もう駅の改札が目の前に見えていて、俺は少しホッとした。
「仁木――」
小山田がまだ問いかけたそうに俺の前へ回って、くるりと茶色い瞳を回して覗きこんできて、俺は思わず立ち止まって強張った。
ぎゅっと汗ばむ掌で鞄を握りしめる。
「仁木の好きな人って、誰?」
小山田らしい、あまりにストレートな訊き方。
駅前の行き交う人々の中で、学生服の俺たち二人は立ち止まったまま、時間だけが過ぎていく。
すらりとした背の小山田は少し屈むようにして俺を覗き込んでいて、改札はすぐそこなのに、振り払って電車に乗ることも出来ない。
かと言って、ごまかすための上手い答えなんて見つからない。
けれど当の本人の小山田に言うことなんて、もちろん論外で。
頭の中が真っ白になりかけていて、俺は近付いて来る人影に気付いていなかった。
俺に向かい合っていた小山田もそうだったみたいだ。
「ゆう――優!」
すぐ近くから、そう声を投げかけられて、初めて小山田はハッと顔を上げた。
それからゆっくりと振り返り、すぐそばまで来ていた人影を小山田は上から下まで見下ろした。
そこには、一学年上の桜井湊がいた。
小柄な身体に、優しげな顔立ちだった記憶があるけど――高校のポスターの顔になっていたから――今はどこか咎めるような、難しい表情をして小山田を見上げている。
可愛い、とよく女子が言っているだけあって、複雑な表情をしていてもそれは様になっている。綺麗に横に流した髪を夜風にさらして、ただ小山田だけを見上げている。
「優」
大きな瞳を開いてもう一度そう呼んだ声は、どこか揺らめきを秘めていた。
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