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「でも、ちゃんと戻ってきたじゃん? あんなの、カウントに入んないよ? この世界じゃ相手がいたってフリーにやってる関係だってあるし。そういうの、わかっておいたほうが良いよ」
「わかりたくもないです」
「そういうとこ潔癖だなぁ。それって自分がしんどくない?」
「とりあえず、ここで話すことじゃないです。どうしても話がしたいならまた別で」
「そんなこと言って、優はあれから会おうとしないじゃないか!」
一気に声量が跳ね上がって、うっすら微笑を浮かべていた桜井先輩の顔は、さあっと青ざめたようでいて、同時に怒りを放っていた。
「あんなことくらいで! 仕方ないだろ、僕だってたくさん相手はいる中で、優だけに絞ったんだ、もともと! ちょっとよそでキスしてやるくらい、相手にサービスしたくらいのもんじゃないか。それをいちいち目くじらたてて、浮気だとか、もう付き合えないとか、そういう子どもっぽいところが、もどかしいんだよ!」
まくしたてる声色の話の内容に、俺は一瞬、訳がわからなくなった。
小山田は大きな溜め息をついた。
「そういうこと大声で言います? そういうデリカシーのなさが、嫌なんですよ。それに俺、子どもですもん。そんな汚さの中にいるのが大人なら、子どもで良いですよ。自分が悪いんですよね? 俺の性格わかってました? 自分のルールだけ押し付けて、フリーな付き合いが良いのなら、俺じゃなくて良いじゃないですか。相手たくさんいるんでしょ? そこの人なら大人でいられるんでしょ?どうして俺にこだわるんですか」
青ざめていたところから、桜井先輩の顔は赤く染まり、それから唇を噛みしめた。
「優、そんなの、わかるだろ……っ」
「わかりません。もう前のことで、終わったことなのに、ずっと蒸し返します? もう何カ月こんなやりとりしてるか、わかってます? いつまで引っ張る気なんですか」
「だって、それは……」
「裏切りなんてしなかったら良かったじゃないですか。そうしたら他の人間を好きにならずに、桜井先輩といたかもしれないです。すべて自分のせいですよね?それを勝手なルール押し付けられても、俺は困ります」
「――優!」
「もう帰ります。こんな場所で話すことじゃないですよね」
小山田は表情をあまり変えないまま、すいと動き出そうとした。
「優、おまえは……ッ!」
来る、と感じた瞬間に、身体が先に動いていた。
桜井先輩が、小山田に飛びかかる直前の一瞬に、間に割って入っていた。
バシン! と衝撃音が走り、自分の頬に熱さが走り抜ける。
桜井先輩が小山田へと殴りかかったのへ、間に入って、自分の頬にその打撃を受けた。
「仁木!」
「あ……!」
桜井先輩は俺を殴ってしまったことに、信じられないかのように、大きく瞳を見開いて、愕然と立ち尽くしている。
「どうして……ッ?」
「仁木、大丈夫ッ?」
俺は小山田に向かって視線をちょっと投げ、寄って来るのを少し止めた。
「あの……きっと、後悔します……」
俺は殴られた頬を少し指先でさすって確かめたけど、特に口の中も切れていないし、さすがに痛みはすぐには引かないけれど、たぶん桜井先輩も冷静になるだろう。
「暴力で訴えたら……そんな記憶が残ったら、きっと後悔します……」
「関係ない、だろ……」
「そう……ですね。でも、俺が――暴力で失敗してしまったことがあるので、そんな人を作りたくないっていうか……」
「はあ? 訳わかんないけど」
「あの……好き、なんですよね? その相手を傷つけることをしたら、きっとずっと後悔します」
「はァ? おまえ、何なの?」
「小山田の同級生ですけど――怒りに任せた暴力で、好きな人を傷つけるの、良くないです……」
「……別に」
桜井先輩は少し震えているようだった。
「別に、もう、好きなわけないだろ……っ」
絞り出すような声は、それが本音じゃないって俺にはわかる。
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