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くちびるに恋④
―葉司、どうしてる? 私、報告があるんだぁ。
暗闇で光ったスマホは、瑠奈からのメッセージを浮かび上がらせていた。
瑠奈――俺はその名前を見て、玄関の灯りをバチンと点けて、よろよろと廊下をふらつきながら歩いて行った。
部屋の照明のスイッチを入れ、大きく息をついて、床に座り込んだ。
唇には、まだ優からくちづけられた感触がまざまざと残っていて、いくら時間が経っても、とても消えそうにない。
彼の熱さ、彼の匂い、彼の囁き。
どれも脳が処理しきれずに、現実感がなくて浮遊している。
膝を抱えて、スマホを両手で握りしめた。
―うん。どうした?
震える指で打ち返して、ただ返事を待つ。
瑠奈に会いたい。
そうすれば、彼女を守るために生きている、責任感があって強いナイトに戻れる気がする。
これほど頼りなく脆い思いじゃなくて、確かな慣れた何かに縋りたかった。
真の自分は、こんなに弱くて無防備だ。
好きな彼に、自分の想いひとつ、伝えることも怖くてたまらない。
―私、鷹宮さんとチューしてしまいましたっ!
―本当?
ふっと頬が緩んで、知らないうちに微笑していた。
―私のほうが、葉司よりお姉さんになったっ! 瑠奈さんと言いなさい。
くすくすと一人の部屋で笑って、どう返事しようか考える。
長い黒髪をさらりと流して、凛とした瞳を、どこかいたずらっぽく細めて微笑する瑠奈の姿が思い浮かんだ。
―お姉さん、ね。あ、でも、俺もキス
とまで打って、慌てて消去しようとして、指が滑って送信を押してしまった。
「あっ」
と思った時には、静かな空間に突然、電話の音が鳴り響いてた。
「葉司!」
電話に出ると、瑠奈の鈴の鳴るような声が大きく響いた。
「えっ、何? あれ、俺もキスって、何? 葉司もしたの? 誰、誰と? え、何も聞いてないよ、私。どういうこと?」
「いや、あの……」
「ちょっと、お姉さんに言いなさい! 何、どういうこと? 誰とキスしたのッ?」
「あ……」
「瑠奈さんが聞いてあげるから、任せなさいッ」
「……」
「何その沈黙。私だけ報告とかあり得ないッ」
「だから、その……」
「うん」
「小山田優と……」
シーンと沈黙が落ちて、それから電話の向こうで、大きく息を吸い込む音が聴こえた。
「あの、小山田くん?」
「そ、そう……」
また息を大きく吸い込む音がして、それから瑠奈はゆっくり言った。
「嘘……良かった……」
電話越しに、しゃくりあげる音が聴こえてきて、俺は慌てた。
「瑠奈?」
「良かった……と思ったら……泣けてきて……」
嗚咽する音が続いていた。
「両想い、だったんだ?すごい……すごいことだね。すごいよね。ずっとそうなったら良いなってことが現実になったら、こんなに嬉しいんだ。私、鷹宮さんと付き合った時も、すっごいすっごい嬉しかった。それと同じくらい嬉しい――」
こんな風に、俺のことで一喜一憂してくれるのは、世界でただ一人、瑠奈だから。
「あっ、んー?そっか、だからだ」
「?」
「小山田くん、私には目線きつかったなーと思い出して。あれは、葉司が好きだったんだね? 私に嫉妬してたってことかな? ふふ」
「ふふって」
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