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「何だか、すごい。私と葉司は、運命が一緒だね。ねえ、ファーストキスの歳も一緒だね?」
瑠奈は、大丈夫だった――?
そんなことを訊きかけて、俺は息を飲んで口を噤んだ。
たぶん言わないほうが良いこと、そんな引き出すようなこと。
「葉司、前は私の不安も聞いてくれて、ありがとう」
「……うん」
「何があっても葉司がいてくれるって思えたし。葉司が言ってくれたから、緊張するって鷹宮さんに言えた。鷹宮さん、すっごく優しかった。緊張したけど、鷹宮さんを信じて進みたいって思えた。鷹宮さんを好きだから――ねえ、好きってすごいチカラだね」
くすり、とどこか泣くみたいに笑った瑠奈。
「そっか……瑠奈、良かった」
瑠奈は、自分の心の力で信頼関係を築いて、閉ざされた世界から、大きく羽ばたこうとしている気がした。
俺はもう足枷になってはいけないんだ。
「もう修学旅行も近いし――ね、小山田くんと一緒だね」
「えっ、あ、そうか……」
俺は少し呆然として、呟いた。
「荷造り、一人で大変だったら手伝うからね?」
「あ……うん、たぶん、大丈夫」
「そっか。ね、私も葉司もおめでとう」
そう囁いた瑠奈に、ゆっくりと優しくおやすみを告げて、俺はただぼんやりと一人座り続けていた。
ほぼ眠れずに寝苦しい夜を過ごした翌朝、体中が痛くて、高熱が出ていた。
自分で高校へと休みの電話を入れて、台所で買い置きのポカリスエットやカップラーメン、レトルトのお粥などが揃っているのを確かめて、ひとまず安心した。
ペットボトル一本を取り出して、二階へ上がって畳の上の布団へと引っくり返った。
風邪でもない。たまにこうして熱が出る。
でも、今回は体中で逃げているんじゃないかという気がする。
会いたい。
けれど、会うのが怖い、愛しいひと。
三日経って、三十七度二分まで熱は下がったけれど、俺はぐずぐずと行く勇気がなくて、結局休んでしまった。
もうほぼ普通の生活に戻っているし、休んだ分の勉強は取り返さなくてはいけない。
あれほど、羽ばたくように明るい彼の姿を見なければ生きていけない、と思っていたのに。
いざ触れてしまうと、とても怖い。
たぶん――きっと、彼に触れることなんてとても望んでいなくて、ずっと、側に寄れるなんて思ってもみなかった。
瑠奈を守るナイトでいる、なんてお門違いも良いところで。
瑠奈は自分の力で、鷹宮さんという人を見つけて、先へと進んで行こうとしている。
本当は、俺のほうにこそ瑠奈の存在が必要だったんだ。
瑠奈を守るんだ、という思いに縋って、依存して、それでようやく自分の存在意義を見出して。
あっさりと飛び出して行ったのは、瑠奈。
俺だけが、過去の傷痕の上にいて。
憧れていた彼と近付ける奇跡が起こって、普通の人間なら、幸福の絶頂にいるはずなのに、それも出来ずに、ただ逃げることしか出来ない。
その自分のふがいなさが、ひどく情けない。
夜の眠れなさが疲れとなって、その日はぼんやりと過ごしてしまった。
夕陽の茜色が窓から差すようになって、俺はハッと起き上がって、机に座った。教科書と参考書を出して、慌ててページを開いた。
「すみません、お邪魔します。どなたかいらっしゃいますか」
階下のほうから声がして、俺は顔を上げた。
「?」
俺はゆっくりと階段を降りて行って、それから玄関の引き戸を開けた。
ガラリと戸を開けると、急に腕を引き寄せられて、つんのめりかけたのを片脚で踏ん張った。何事かと瞬間的に臨戦態勢で見上げて、そのままフリーズした。
「葉司!」
固まったままでいると、ぎゅうっと抱きしめられて、その肩に鼻がぶつかった。
そこにいたのは、紛れもない、小山田優だった。
「ちょっと……あ、の」
喘ぐように言うと、パッと体が離れた。
「ごめん、家なのに。葉司に会えて、嬉しくて。ずっと学校来ないから心配してて。居ても経ってもいられなくて。ちょっと、熱い?」
額に掌が当たって、俺はビクッと後退った。
「学校に来るまで待とうって思ったけど、どうしても会いたくなって。安住さんに、葉司の家の住所聞いたんだ。あの、ここは離れ? 母屋に出られたのは、お祖母様?」
「ああ、まあ……」
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