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初秋の青空は、うっすらと白い雲をたなびかせて、まだ緑色の紅葉の向こう側へと広がっている。
明るく広がる陽射しに、俺は眩暈を覚えた。
昨晩はよく眠れずに、USJを回った疲れが脈々と残ったままで、俺はただぼんやりと空を見上げて、風に吹かれて立っている。
どうして、修学旅行なんかに来てしまったんだろう――
それは、小山田優がいるから。
たったそれだけの、簡単な答え。
溢れそうになった心を抱えて、零れそうに水の張ったこの胸は、そばにいたいのに何故これほど苦しい。
ふっと視線を感じて、斜め後ろを振り返ると、列に並んでいる優の端正な顔がこちらを見ていた。
にこり、と明るく曇り一つない笑顔は、すらりとした長身によく相まっていて、その笑顔が自分に向けられたのだと気付いて、頬が熱くなって慌てて前を向いた。
「集合時間を必ず守って、各自バスの座席へ着いておくこと。出発に送れないように。では、解散!」
東大寺前の奈良公園で、紺色のブレザーの高校生の集団は、わらわらとたむろしたまま、ざわめいている。
俺もその一員のはずなのに、どこか果てしなく遠い。
頭がくらりとして、俺は指で眼鏡を押し上げた。
太陽の光は頭上から降ってきて、足元の芝生にきらめいて溜まっている。
その芝生の上を、小鹿の細い脚がかろやかに通り過ぎていった。
「きゃあっ」
女子たちが鹿せんべいを片手に、鹿に集まられて、逃げながら歓声をあげていた。
鹿はわらわらと群れ集ってきて、その後を追いかけている。
その横でよちよち歩きの子どもが鹿に触ろうとして転びかけ、母親が急いで抱きとめた。
その向こうに見える山はなだらかで、山の端の草色と空の水色が美しい。
「仁木」
気付くと、すぐ横に剛田が立っていた。
短髪にがっしりとした体躯で、紺色の制服姿がどこか可笑しいほどに、高校生に見えない。
「大丈夫か」
「何が?」
目を細めてスッと俺を見る男らしい顔は、唇を引き結んでいたけど、優と原がこちらに歩いて来たのを見て俺から距離を取った。
「時間あるから、こっから出ようぜー」
原がステップを踏みながら寄って来て、くるりと回って止まった。
「いや、俺は東大寺と春日大社を回る」
「えっ、だからさぁ。寺社仏閣趣味は修学旅行では止めろって言ってんじゃん! 一応班行動なんだし? てか、東大寺と春日大社、目の前な! ここで終わるつもりかよー」
原は剛田に畳みかけた。
「奈良なんだし、何処に行っても景色か史跡だろ」
「いや、あるじゃん! ならまちとか、駅前の商店街とか、あっそうだ、スイーツ店に行ったら女子もいるかもしれないし!」
「じゃあ、別れたら良いだろ。最後に一緒にバスに乗り込めば、バレないだろ」
「えぇーっ」
「仁木も俺のコースが良いって。な」
突然に名前を出されて驚いた。
けど、あまり寝ていない体調で、昨日のUSJばりに回るのは限界を感じていたから、俺は剛田の声掛けが有難かった。
「あ、うん」
「葉司は東大寺と春日大社行くの?」
優が、くっきりとした瞳でじっと俺を見ていた。
「あ――うん。行ったことが、ないから。その、大仏殿も行ったことないし……」
「葉司、行ったことなかったのか。じゃあ、俺も行く。柱くぐりとかあるんだよ。子どもの頃は通れたけど、今はどうかな。今見たら大仏はどんな大きさに見えるかなぁ」
「東大寺盧舎那仏像な。高さ約一四・七メートル、基壇の周囲七十メートル。聖武天皇により七四三年に造像発願されたが、実際の造像は七四五年から準備開始され――」
「あーっ! もういい! もうっ、行けば良いんだろっ! お前らと安易に同じ班になった俺が間違いだったッ!」
「あ、安住さん」
優が長い指を上げた先に、確かに長い黒髪たなびかせ、小鹿のように軽やかに歩いて行く後ろ姿が見えた。
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