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門前の鹿と人で溢れる石畳の上を歩いていても、瑠奈のほっそりした美しい姿はすぐに見つけられた。
「安住さんも東大寺みたいだね」
優がいたずらっぽく笑ってそう言うと、原は急に歩き出した。
「行く」
優の案内と、剛田のどこまでも続くうんちくと、原のぶうぶう言う文句をBGMにまわって、集合時間にはバスに着席した。
俺は後ろのほうの席で、優の隣だ。
すぐ前に、原と剛田がいて、原は車酔いしやすいんだと言って絶対に窓側を死守している。
「はー、結構海外からの観光客が多かったね」
優は、先に座席にどさりと座って、茶色がかったくせっ毛を手で掻き上げている。
「あ、じゃあ、昨日のUSJも初めてだったとか?」
「え、来たことあった?」
「そりゃまあ、ディズニーランドとかシーとかUSJとか、あと有名な歴史跡とかは家族で行ったよ」
「そっか……」
入場の前から大きく賑やかな音楽溢れていたテーマパークは、各エリアごとに違っていて、人がごった返して広くてただ呆気に取られて、三人の後を着いていくだけだった。
アトラクションのために並んだり、ジュラシックパークのスプラッシュダウンで心臓が止まりそうになったり。
心身ともにヘトヘトになって、今日は心なしか、体が痛い。
「あ、でもUSJは何年かぶりかな? もしかして、ランドもシーも行ってない?」
「あ……まあ」
「葉司と行きたいな。こう――学校からじゃなくて二人で」
最後のほうは囁くようで、優がそう思ってくれることに頬が上気した。
「優、ちょっと静かにしろ。移動の間に寝るから」
ひょいと剛田が前から顔を出して、やや不機嫌そうに太い眉をしかめて見せた。
「え、ごめん。てか、寝る?」
優が軽口を叩くと、剛田はちらりと俺を見た。
「俺は枕が変わると熟睡できねぇんだ。仁木も寝とけよ、先は長いんだから」
先は長い――まだ二泊、あとまだ二泊。
「はいはい」
優はひょいと肩をすくめて、頬杖をついた。
その横顔はざわめきの中で動き出したバスの、過ぎて行く緑色の景色を背景に、くっきりと浮かび上がって確かなものに見えた。
それを眺めているうちに、バスの揺れの中で、ふっと眠気に襲われていく。
昨日の疲れと寝不足で、俺はうつらうつらと浅い眠りに落ちて行くのを止められなかった。
その時、右手の甲に、すり、と温かな感触が触れた。
重たい瞼をかすかに開けると、優はこちらを見ずに頬杖をついたまま、左手の甲を俺の右手にぴったりとくっつけていた。
触れ合った手の甲から、じんわりと温もりが広がっていって。
そこだけがひどく熱くて鼓動が高鳴るような、それでいて、心は包まれて安心するような。
相反する想いに戸惑いながら、俺は抗えない短いまどろみの中へと落ちて行った。
眠れない夜が引き起こす出来事に、この時はまだ、何の予感もないままに。
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