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目覚めたら、心も傷痕もひらいて見せて②
「ありがとうございました」
髪の毛をおざなりに拭いて、まだ湿ったまま、カットソーとズボンを着て、シャワーを借りた教師の宿泊部屋を一礼をして足早に出た。
修学旅行の一泊目と三泊目は、ホテルで各部屋にユニットバスが付いているけど、今夜は旅館で、大浴場を使用の予定だった。
プールにも出席しない俺には、教師の宿泊部屋の内風呂の使用が許された。
割り当ての部屋に戻ると、和室の真ん中で、優がパッと顔を上げた。
「葉司」
「仁木、今から大風呂行こうぜ。連行!」
原が、がしっと肩を組んで来たから、迅速かつ丁重にその腕を外した。
「いや、もう入って来たから。俺はいいや」
「えっ、いつ? 今? 早ッ! まじか!」
「葉司?」
優は何か物問いたげに、少し首を傾げて俺を見据えている。
「おーい、じゃあ俺たちで早く行こうぜ。帰りに、ロビーの店に寄りたい」
剛田はがっしりした首にタオルをかけて、ドアのノブに手をかけようとしていた。
その声にホッとして、俺は手にぎゅっと握りしめたままだった荷物を、部屋の奥へと降ろした。
「葉司」
声をかけられて慌てて振り返ると、ぶつかりそうな距離に優がいた。剛田と原はもう部屋を出て行こうとしていた。
「なァんだ、一緒に入れると思ったのに」
低めた声で、囁くようにそう言い、その指先がするりと首筋から鎖骨へとなぞっていく。
その感触と、いたずらっぽく微笑する瞳に、まるで射抜かれたように、俺は硬直して立ち尽くした。
心ごとその瞳に飲み込まれて、ふらりと後ろに倒れてしまいそうだった。
この部屋ごと何処か果てない夜の向こうへさらわれていくようで、この呼吸も時も止まってしまいそう。
「俺だけ風呂からすぐ帰って来るから。待ってて。わかった?」
すべての色を変えてしまいそうな、その声。
微笑だけを残して手を振った姿に、俺はかろうじて少しだけ手を上げた。
ドアが閉まって、皆いなくなってから、俺はヘナヘナとその場に座り込んだ。
そっと優の触れた首筋から鎖骨を自分の指でたどってみる。
そこはまだ、まざまざと感触を残していて、刺さった棘のように抜けない。
ふと目を上げると、すぐ前に優の鞄が置かれていた。
白と青のツートンカラーの鞄は、あの優の家や部屋を思い出すようで、胸の奥から熱さが込み上げて、心はふらりと彷徨った。
昨晩はあまり眠らずに過ごしたから、渦のような目眩がやって来る。
移動のバスで取った仮眠で、何とか一日乗り切れたようなものだった。
優の温かな手の甲がずっと俺の手の甲に触れていて、鼓動は速まるのに、どこかうっとりとしていて、穏やかな浅い眠りの中にいた気がする。
ただ一晩、誰かと一緒に眠るのは、怖い。
熟睡してしまえば、またあの悪夢がやって来て、自分の叫びで目覚めてしまう気がする。
それがただ、怖い。
真っ白な吹雪の中で、目の前も見えずに遭難してしまうような。
泥のような疲れに捉われて、畳みの上に倒れ込んだ。
このまま、少しでも休息しておかないと――
その時、自分の荷物の合間からスマホが鳴って、俺はそちらへと手を伸ばした。
「葉司!」
「ごめん。待った?」
部屋を出た廊下では、風呂の時間で大浴場へと行き来する生徒たちがわらわらといた。
その中を抜けて、エレベーターを通り過ぎ、奥にある人気のない階段へと向かって足早に来た。
その姿は、膝に頬杖をついて階段に腰掛けていて、長い黒髪がさらりと流れて、香ってくるようだ。
「んーん。待ってないよ」
桜色の唇でくすりと笑う。Tシャツでシンプルな格好なのに愛らしく見える。
「はー、最近、葉司と会えなかったから話したかったよぅ。来てくれて嬉しい。修学旅行中はダメかと思ってた。お風呂とか大丈夫だった?」
「うん。俺はもう入ったし、部屋の皆は今行ってる」
「そっかぁ。良かった。ずっと一緒なんだよね?」
「ん?」
「小山田くんと」
「……」
俺はサッと頬が熱くなったのが分かって、片手で頬を覆った。
「ふふ」
「……」
からかうように片眉を上げた瑠奈は、微笑してどこか甘い表情で俺を見ていた。
「なんか新鮮」
「……」
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