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「良いなー。私も鷹宮さんと旅行とかしてみたい」
「旅行たって、修学旅行だし」
「でも、ずっと一緒じゃん」
「……」
俺は何も言い返せずに、少しうつむいて言葉を探した。
「ほら、葉司座って」
「あ、うん」
隣に座ると、身を寄せてもたれかかってくる。
それはどこか白い猫のような仕種で、ふわふわと柔らかい。
「あー、葉司だったら安心するなー」
「え? どうした?」
「うーん、どうして葉司は平気なんだろうね。鷹宮さんだとすっごいすっごい緊張するのに」
「それは、好きだからじゃない?」
「おっ、言うねえ。そうか、葉司くんは小山田くんに緊張すんのか。瑠奈さんは聞いたよ?」
「だから……」
言い募ろうとして、瑠奈の目じりが仄赤いのに気付いた。
「瑠奈、どうした?」
真剣に言うと、大きな瞳のふちに、涙がいっぱい溜まっていく。
「どうして、好きなのに、怖いんだろうね?」
俺は華奢なその肩を引き寄せた。瑠奈は崩れるように倒れ込んでくる。
「キスのその先へ、行けるのかな、私」
それは、俺にも答えられない。
俺にも分からないからだ。
「ねえ、レンアイのゴールって何?」
「何って」
「両想いになること? えっちすること? 結婚すること? どこがゴールなの? どこに行ったら終わりなの?」
「終わりって……」
「どこに行ったら、これで安心ですよってスタンプもらえるの? 私はそこに行けるの? どうしてこんなに怖いの? 好きなのに、どうしてこんなに怖いの?」
「瑠奈……瑠奈、ごめん」
「どうして葉司が謝るの?葉司が何かしたの? 葉司は私を助けてくれたよね? どうして私がこんな話をしたら、皆申し訳ないような顔をするの?」
「それは――」
「わからないよ。色々考えようとすると、頭の中が霞がかかってわからなくなる。鷹宮さんにどう話せば良いの? どうわかってもらえば良いの? ねえ、葉司は私の記憶にないこと、知ってるの?」
「……」
「鷹宮さんと別れてしまって、ずっと一人だったら、どうしよう」
「瑠奈」
「なんだか怖いの、このまま一人なのは、とても怖いの」
「そうしたら――そうしたら俺が、瑠奈といるから。ずっと隣にいるから。ずっと見守ってるから」
「嘘だよ。小山田くんがいるじゃん。私、なーんにも出来ないまま年取って一人ぼっちなんじゃないかなぁ」
「嘘じゃないよ。瑠奈を守るって、俺は決めたから」
わっと俺の腕の中に身を投げ出して、頬をすりつける。
その肩を抱きしめて、背中を掌で優しくトントンと叩いた。
「俺は――ずっといるから」
壊れそうな世界で、二人、見つからない光を探して。
俺は瑠奈の白い額に、自分の額をこつんとくっつけた。
「――昔、よくこうしたね」
瑠奈の黒い瞳からは、涙の筋が幾重にも落ちていく。
その苦しみは、俺のせい。
「俺は瑠奈がいらないって言う日まで一緒にいるから。大丈夫だよ」
「うん……ごめんね」
「どうして? それは――俺のほうが……」
「ありがとう」
透明にこぼれ落ちていく言葉。
「葉司、ありがとう」
瑠奈の白い腕が俺の背に回って、ぎゅっと抱きしめてくる。
寒い夜に丸まった二匹の猫のように、俺たちはしばらくそうして寄り添い合っていた。
瑠奈が去ってから、しばらくぼんやりしていたけど、時間が経っていることに気付いて急いで立ち上がった。
(すぐ帰って来るから。待ってて。わかった?)
頭の中で、優の言葉がリフレインする。
もうその約束は破ってしまったかもしれなかった――
階段を駆け上がった踊り場でこちらを鋭い目で見つめる人影を見て、俺はぎょっとして立ち止まった。
「葉司、どういうこと?」
「……ゆ……う」
腕組みをして、じっと鋭く俺を見据えている表情を見て、俺は心臓が止まりそうになった。
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