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「え? じゃあ、俺が誰かを抱きしめてんの見ても平気なんだ? 葉司が今していたみたいに。あんな風に抱きよせて、額をくっつけて、ずっと一緒にいるよって囁いていて、平気なんだ?」
「あ……」
「それじゃ桜井先輩と一緒じゃないか!」
痛みとも哀しみともつかない、涙をうっすらと溜めた、真っ直ぐな瞳。
「ごめ……ん……」
波打ち際に溜まった白い飛沫のように、その涙は優の瞳に留まって、俺は息も出来ずに苦しくなる。
優がその心に持ったトラウマを、俺がもう一度、抉ったんだ。
そうわかって瞬間に青ざめた。
「どうして謝んの? やっぱり謝ることしてたんだ?」
俺は何処に行ったって、ジョーカー。
ただ一点の黒い染みのように、決して拭えることのない汚れ。
「それは……」
「何?」
その傷ついた瞳を見ることほど、つらいことなんてない。
いつも下手を打って、こうして大切な人を傷つけてしまう。
「それは、瑠奈と俺は、いとこ、だから……」
それだけを喘ぐように小さく呟いて、息継ぎをした。
「いとこ?」
優はしばらく考えを巡らすように黙っていたけど、しばらくして呟いた。
「ああ……だから、なんか似てたんだ? 葉司と安住さんは――」
「もうずっと小さいうちから一緒に居て――瑠奈が幸せになるのを見てたいだけで、それまで守りたいだけで……」
「昔よくこうしたね、って言ってたもんね? ずっと長い間、側にいて、こうして来たんだ? それってもっと性質悪いじゃん」
「ゆ……う……」
「安住さんの記憶にないってどういうこと? それと、葉司と、関係してる? ちゃんと聞かないと俺は納得できない。ちゃんと説明してくれるだろ?」
「それ――は……」
「葉司は俺のこと好きなんだよね? 安住さんといとこだったって、何でもないってどうやったら俺は信じられる? さっきの二人を見て、俺はどうやって信じたら良い?」
まるで、どこか縋るみたいに、矢継ぎ早に紡がれた言葉。
「このままじゃ、葉司を信じられない。葉司と安住さんって、いったい何?」
眉をきつく寄せて、苦しそうに哀しみこぼれ落ちていく瞳を、真正面から見ているのも、心が痛い。
「答えろよ、葉司!」
その声色に、体はぐらりとよろめいて、背に当たる壁で支えた。
自分の体が冷たくなっていくのが分かる。
震えるな、唇。崩れるな、両脚。
ぐるぐると回り出した景色の中で、呼吸だけを浅く繰り返した。
「葉司!」
「もう……」
問わないで、愛しいひとよ。
これ以上、答えるすべがない俺を、忘れられない断崖から突き落とさないで。
この掌には、冷たい夜しかないのに、さらに光射さない闇へと追いやらないで。
「葉司――」
優が手を伸ばしてきて、振り上げた。
殴られる、と思ったけど、そのまま受けようと静かに瞳を閉じた。
「……ッ!」
伸びた手は、そのまま俺の肩をつかんでいた。
押し付けるように、激しくくちづけられていて、目を見開いた。
「ん……ッ!」
俺が驚いて、キスされたままに、優の腕を掴みしめると、ドン! と壁に押し付けられた。
肌の触れ合うところから、キスした唇のすべてから、火傷したみたいに熱くて堪らない。
バチン、と電流が走ったみたいに目の前が真っ赤になって、弾け飛んだ。
考える前に、体が反射的に動いていて、ぐいっと優の襟元を掴みしめて押し上げると、優の体の中からするりと逃れた。
震えるのを抑えて、咽喉をつかんだ。
息が出来ない。
「どうして?」
哀しい、震えた優の声。
「安住さんとは、あんなにくっついてたのに、俺にはキス一つ出来ない?」
「違……」
何が、一体、違うんだろう。
「俺のこと好きって嘘だったんだろ……? 俺のことからかってた? 葉司、面白かった?」
「それは――違う……! だって俺は、本当に……」
「違わない!」
俺はビクッと身を震わせた。
「違わない!全部嘘だったんだ!俺のそばに二度と寄るな!」
「ゆ……」
もう俺の顔さえ見ずに、駆け出して去って行った背中。
(だから、仁木が好きだよ)
そう言って、温かな優しい眼差しを向けて、柔らかな微笑をしていた。
「あ……」
失ってしまったんだと識るには、時も心も、すべてが止まってしまっていて。
ふらりと床に崩れ落ちた。
ねえ、瑠奈、安心して。
小さな声で、震える肩で、泣いたりしないで。
夢から覚めたら、ずっともっと大人になって。
昨日の哀しみが今日の喜びになるように。
その日まで遠く、近く、見守り続けるから。
だって、きっと俺はずっと、これからも一人だから。
また暗闇の中で一人になって、明日は何処にも見えない。
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