目覚めたら、心も傷痕もひらいて見せて④

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目覚めたら、心も傷痕もひらいて見せて④

「またすんげぇ遅かったなぁ」  しんと静まった真暗な部屋の襖を開けて、直後に声をかけられたから、俺は驚いて立ち止まった。  薄闇の中で見降ろすと、近くの布団に剛田が肘をついて横になっていた。  真ん中に原が引っくり返って熟睡していて、その向こうの窓側に、優が背を向けて眠っていた。 「剛田こそ、遅くまで……」 「もう消灯とっくに過ぎてるぞ」 「ごめん……」 「まあ、座れよ」  剛田は入口すぐの空いている布団を指差して、俺はそれに従った。  頭はどこか現実感がなくて、自分の言葉がただ舌から唇へと滑って落ちていく。 「いとこなんだって?」 「え?」 「安住瑠奈と。優がそんなこと言い捨てて寝たけど」 「あ……まあ」  剛田は鋭い目で俺を上から下まで見て、それから興味を失ったように、ふいと目を反らした。 「仁木、引っ越したことってあるか?俺、十歳の時に引っ越したんだよ、親父の仕事の都合で」  突飛な質問に面喰らったけど、かすかに頷いた。 「親父はすぐに事件に当たって、その辺りからだな、俺が父親の背中を追うようになったのは」 「そうなんだ……」 「仁木は将来、何になりたいんだ?」 「それは、まだ――特に、何も……受験して、入れた大学で考えるかも……」 「そんなもんか」 「俺は、そんなもんだよ。国立大学なら、どこでも良いんだ」 「ふーん。自分で向いていることくらい、探しておいたらどうだ」 「そりゃ、そうだね……」 「人生、先は長いんだぜ。順当に生きられりゃ、学校行くより仕事していく年月のほうが長い。何か希望をかけられるものを探したって良いと思うぜ」  俺は少し黙ってから頷いた。 「そうだね……」 「ちゃんと寝ろよ」 「あ……うん」 「じゃ、おやすみ」 「おやすみ」  おやすみ――  どこか優しい響きの言葉。  こんな言葉を誰かに告げたのは、何年ぶりなんだろう。  背を向けた優の姿を目に入れないようにして、俺もまた背を向けて布団に横になった。  人を傷つけた衝撃は、自分が選びとった道の結果。  向けられた優しさも、好意も、希望も、自分自身を晒さないことと引き換えに、この手で打ち砕いてしまった。  傷つけることのないよう、幸せを願って、そっと見つめていようと思っていた愛しい心を、自分の運命のために傷をえぐってしまった。  鋭い棘のいばらの冠をこの頭に抱いて、血を流すままに、今もここで立っている。  何処にも行けず、裸足のままで、誰も俺の名を呼ばない場所で。  俺は、もう、仕方のない人間なんだ。  だけど、大切な人に涙させてしまったことが、いたたまれない。    午前は、集団行動で京都観光で名所を巡った。  俺はなるべく群れの端で一人になって、優の目の入らないところにいるように気を付けた。  夜は横になったまま、頭だけがグルグルと冴えて、舌が痺れて、胸の薄い皮が破れたように痛くて、とても眠れなかった。  太陽が黄色いとはこのことだ――  射してくる初秋の陽射しさえ、目にチカチカと眩しくて、痛い。  集団の後ろを着いていくのが精一杯で、いったい何処を歩いて、何処に行くのかさえ朦朧として、足がもつれかける。  ふっと緑の木漏れ日に包まれて、下鴨神社で立ち尽くしている自分に気が付いた。  制服の集団は少し前を行ってしまっていて、俺は重い足で前へ歩き出した。  静謐な空気が辺りを覆っていて、瞼を閉じて息を吸った。  眼鏡をかけ直して、そうして慣れた仕種をすると、安堵する。  世界とレンズ一枚隔てて眼鏡のフィルター越しに見ていれば、何とかこの世界で生きていけそうな気がした。  バスでの短い移動は、優は原と並んで先に前に座っていた。 「よう、仁木」  剛田は片手を上げて、男らしい顔で俺を覗き込んだ。 「ケンカでもしたか、優と」 「あの……俺が、悪い、だけ」 「そうなのか? 優もあれで、きかん気なとこあるからな」  片頬で笑って、剛田は隣の席に、どしん、と座った。 「そう……なんだ」  たぶん俺の知らない時間を、幼い頃からたくさん過ごしてきたんだろう。 「そうさ。思わねぇか? まあ、長い目で見てやってくれよ」 「いや……あの――」  もう友だちでさえないんだ――  そう言い募りそうになって、剛田は頬杖をついて考え込むような顔をしていたから、何も言えなかった。  結局、剛田はそれ以上は喋らなかった。  昼食は和食処での班ごとにテーブルについての食事で、斜め前に優が座っていて、俺はとても箸をつけることが出来なかった。  何も食べずにじっとしていることも、優と会話しない不自然さも、とても耐えられなくて、俺は御膳を返そうと立ち上がった。 「仁木、食べてねぇじゃん」  原が俺を見上げて、いぶかしそうに言った。 「あ、こういうの好きじゃなくて。ごめん、先行ってるから」 「おいッ」
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