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目覚めたら、心も傷痕もひらいて見せて⑤
「優! 何をボサッと見てんだッ? 仁木を止めろ!」
「ど……どういう……」
「どうもこうも言ってる場合か!」
「ど……どうして――」
ひたりひたりと黒い人影は追いすがる。
「いや――いやだ……ッ」
跳ね上がるように痙攣した体で、自分の首を両手で絞めた。
「葉司――葉司!」
ぐいっと抱きしめられて、どこだか覚えがある体温と匂いに、ひどく混乱した。
「葉司、どうした? 俺だよ、葉司」
「いや――いや!」
抗って、揉み合って、強く突き飛ばした。
「俺じゃ、ダメなのか……?」
「ダメでもやれよ! 好きなんだろうが」
もう一度強く引き寄せられて、体ごと抱きしめられた。
「俺のこと――わかる? どうした?」
温もりは確かに覚えがあって、頬に唇に肩が当たっていて、清潔な匂いが体の中へと流れ込んでくる。
「落ち着いて――葉司」
その温かさと、優しい仕種。澄んだ風のようで、俺はふっと瞬いた。
意識の遠くで黒いパレードが鳴っている。
そして、目の前にはかすかな明るい輝きがあって、体ごと抱きしめられていることに震えた。
「葉司……大丈夫」
ゆっくりと頭を撫でられて、目の前の光景が開けていく。
「ゆ……」
「うん、そう。そうだよ」
「優……」
何度か瞳を瞬くと、そこは照明の明るくついたホテルの白い部屋で、俺は優に抱きすくめられて、そばに剛田と原が立っていた。
その時、外からドアをノックする音が響いた。
「おーい、大丈夫かー」
剛田がサッと顔を上げた。
「隣の部屋の和田たちだな。まあ、聞こえるわな……そうだ」
剛田が、原の腕をぐいっと引き寄せた。
「あ、え?」
「和田たちに、俺と優が喧嘩したって説明してきてくれないか?あと、空気がすんげぇ悪いから、俺とお前で和田たちの部屋で寝られないか聞いてくれ」
「え――えぇっ?」
「交渉、得意分野じゃねぇか」
「まあね。って、いやいやいや、どこで寝るわけよ?」
「床に何か引きゃ寝れるだろ。お嬢さんでもあるまいし」
「いや、俺は粗雑にできてねぇよォ」
「ちッ、いちいち言わせるなよ」
「え、何がッ?」
剛田は、ぐるりと振り返って優を見た。
「もう、はっきり言って良いか?優。俺たちだけのことなんだから」
「……うん」
かすかな頷きの、優の返事。
「仁木と優は付き合ってる」
「は――え、えええぇっ? え、何? え、俺だけ知らなかったわけ? どういうこと?」
原は目を丸くさせて、それぞれの顔を見ていった。
「いや今の流れでも気付くだろッ? 優が仁木を好きになった時に気付いたわ! そっから呼び方も距離感も変わってっし!」
「ええぇー?」
「とりあえず仁木がわからんけど混乱してんだから、優と二人にしてやった方が良いだろ」
「あー、そう……えーと、うん、わかった」
「とにかく和田たちに話してみてくれ」
「あー、はいはい。相変わらず無駄に人遣いが荒い奴だなー」
原は、髪の毛を片手で乱しながら、それでも立ち上がって部屋の外へと出て行った。
ガチャリとドアが閉まって、原がいなくなると、剛田は俺に向き直った。
「大丈夫か?」
「……」
俺の肩にまわされた優の温かな腕を、ゆっくりと外した。
「ごめん。そばに寄ったらいけなかったのに」
小さく呟いて、そっと謝った。
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