437人が本棚に入れています
本棚に追加
「葉司……」
眠る優に、抱きすくめられたままに、名前を呼ばれて、頬が熱くなった。
優という存在の不思議。
ただ憧れて、好きになったその時から、ずっと力をくれていた。
その首筋に、そっと鼻先を押し当ててみた。
これほど近くに寄らなければわからない、優の匂い。
胸がどきどきと高鳴って、頬が紅潮して、うっとりと目を閉じる。
「んー……」
優が身じろぎして、俺は慌てて鼻を引っ込めた。
「あー、おはよう」
二重瞼の瞳がぱっちりと目覚めて、すぐに俺を見た。
「あ……おは、よう……」
目覚めて誰かがいることも、おはようと言うことも、どれくらいぶりなのか、覚えていない。
まさか抱きしめられて目覚めるなんて、あるわけがなくて。
ただ、不思議な安らかさに包まれていて、意識はふわふわと漂うようだった。
「あー、なんか幸せ」
優がそう言いながら、俺の髪に鼻をつっこんでぐりぐりと押し付けてきて、くすぐったくて笑ってしまった。
「俺も……」
優は、ぴたりと止まった。
「えっ、本当?」
「それは――うん。優がいるから……」
優はベッドに仰向けになると、両手で顔を覆って、足をジタバタとさせた。
「まじで!」
「な、何? 急に――」
「やばい! すんげぇキスしたい」
ガバッと起き上がると、優は俺の肩を両手でつかんだ。
「ちゅってして良い? おはようって」
俺は頭がぐらぐらと沸騰するみたいに熱くなって、戸惑いの中で、小さく頷くのが精一杯だった。
優の腕が限りない優しさで、俺の背中に回されて、長い指が俺のあごを捉えて――
柔らかな唇が降りてきて、俺の唇に羽根のように触れた。
それだけで心臓は早鐘のように鳴って、温もりがじんわりと唇に残っているようで、俺は指先で唇を押さえた。
「葉司って可愛いのな」
「ど、どこが……」
「えっ、ナイショ」
くすくすと、いたずらっぽく笑う、優の目じりの下がった人好きのする笑顔を見ながら、ふっと気が付いた。
「あ――来ない、かも」
「えっ? 何っ?」
優はびっくりしたように瞳を開いて俺を見る。
「あの――嫌な感じが」
「えっ、まじか! 俺ってちょっと進んだ? キス、大丈夫?」
「そう……かも?」
答えた俺に、にこーっと無邪気に笑った優に、俺は心を決めた。
「優」
「ん?」
笑ったまま顔を上げた優の前で、俺はカットソーの裾をつかんだ。
「えっ?」
そのまま引き上げると、カットソーを脱ぎ捨てて、それから引っ張るようにしてズボンを脱ぎ捨てた。
「優、これが」
ヘソの横から下腹にかけて走る傷と。
それから、脚をひらいて、脚の付け根の内腿に走る傷と。
ボクサーパンツをずらして、俺は自分から初めて人に傷を見せた。
「俺の心と傷痕のすべて」
何針にも縫われた傷痕を、優は黙って見ていたが、やがて口を開いた。
「はい――葉司」
優は、静かに、聖なる誓いでもするみたいに、唇を引き結んだ。
朝の陽射しに照らされたその姿は、西洋の宗教画のようで、静謐さと、神聖さに包まれていて、眩しかった。
それから俺の両手を取ると、ゆっくりと引き寄せた。
「葉司の体、ぜんぶ綺麗」
「ゆ……」
優の指が、俺の唇をそっと押さえてしまって、それから優の顔が降りてきて――
その時、部屋のドアがノックされた。
「おーい、優! 起きてっかー? 朝だぞー」
原の声だった。
「わっ、やばい」
優は、俺の服を手でつかんで、俺に向き直った。
「俺が脱がせたみたいじゃん! はい、バンザイ!」
「え……っ」
反射的に言われるままに両手を上げてバンザイすると、優がカットソーをすぽっと頭から着せた。
「はい、ズボン!」
「は、履く、自分で」
俺が慌ててズボンを履き終わると、優がぐいーっと俺の腕を引っ張るから、優のほうへとよろめいた。
指であごを捉えて上げられて、そこへ優の唇が降りてきた。
ちゅっと音がして、離れて行ったあとに、キスされたんだと気付いた。
優はドアへと向かう途中で、くるりと振り返って俺に笑った。
「いってきますのキス。ま、一緒に出るけど」
いたずらっぽく笑われて、俺は頬が赤らむのがわかった。
優がドアを開けると、原と剛田と、その向こうに和田たちがいて、優は朝からわいわいと喋っている。
俺は指先で唇を押さえると、ドアのほうへと向かった。
最初のコメントを投稿しよう!