目覚めたら、心も傷痕もひらいて見せて⑦

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「葉司……」  眠る優に、抱きすくめられたままに、名前を呼ばれて、頬が熱くなった。  優という存在の不思議。  ただ憧れて、好きになったその時から、ずっと力をくれていた。  その首筋に、そっと鼻先を押し当ててみた。  これほど近くに寄らなければわからない、優の匂い。  胸がどきどきと高鳴って、頬が紅潮して、うっとりと目を閉じる。 「んー……」  優が身じろぎして、俺は慌てて鼻を引っ込めた。 「あー、おはよう」  二重瞼の瞳がぱっちりと目覚めて、すぐに俺を見た。 「あ……おは、よう……」  目覚めて誰かがいることも、おはようと言うことも、どれくらいぶりなのか、覚えていない。  まさか抱きしめられて目覚めるなんて、あるわけがなくて。  ただ、不思議な安らかさに包まれていて、意識はふわふわと漂うようだった。 「あー、なんか幸せ」  優がそう言いながら、俺の髪に鼻をつっこんでぐりぐりと押し付けてきて、くすぐったくて笑ってしまった。 「俺も……」  優は、ぴたりと止まった。 「えっ、本当?」 「それは――うん。優がいるから……」  優はベッドに仰向けになると、両手で顔を覆って、足をジタバタとさせた。 「まじで!」 「な、何? 急に――」 「やばい! すんげぇキスしたい」  ガバッと起き上がると、優は俺の肩を両手でつかんだ。 「ちゅってして良い? おはようって」  俺は頭がぐらぐらと沸騰するみたいに熱くなって、戸惑いの中で、小さく頷くのが精一杯だった。  優の腕が限りない優しさで、俺の背中に回されて、長い指が俺のあごを捉えて――  柔らかな唇が降りてきて、俺の唇に羽根のように触れた。  それだけで心臓は早鐘のように鳴って、温もりがじんわりと唇に残っているようで、俺は指先で唇を押さえた。 「葉司って可愛いのな」 「ど、どこが……」 「えっ、ナイショ」  くすくすと、いたずらっぽく笑う、優の目じりの下がった人好きのする笑顔を見ながら、ふっと気が付いた。 「あ――来ない、かも」 「えっ? 何っ?」  優はびっくりしたように瞳を開いて俺を見る。 「あの――嫌な感じが」 「えっ、まじか! 俺ってちょっと進んだ? キス、大丈夫?」 「そう……かも?」  答えた俺に、にこーっと無邪気に笑った優に、俺は心を決めた。 「優」 「ん?」  笑ったまま顔を上げた優の前で、俺はカットソーの裾をつかんだ。 「えっ?」  そのまま引き上げると、カットソーを脱ぎ捨てて、それから引っ張るようにしてズボンを脱ぎ捨てた。 「優、これが」  ヘソの横から下腹にかけて走る傷と。  それから、脚をひらいて、脚の付け根の内腿に走る傷と。  ボクサーパンツをずらして、俺は自分から初めて人に傷を見せた。 「俺の心と傷痕のすべて」  何針にも縫われた傷痕を、優は黙って見ていたが、やがて口を開いた。 「はい――葉司」  優は、静かに、聖なる誓いでもするみたいに、唇を引き結んだ。  朝の陽射しに照らされたその姿は、西洋の宗教画のようで、静謐さと、神聖さに包まれていて、眩しかった。  それから俺の両手を取ると、ゆっくりと引き寄せた。 「葉司の体、ぜんぶ綺麗」 「ゆ……」  優の指が、俺の唇をそっと押さえてしまって、それから優の顔が降りてきて――  その時、部屋のドアがノックされた。 「おーい、優! 起きてっかー? 朝だぞー」  原の声だった。 「わっ、やばい」  優は、俺の服を手でつかんで、俺に向き直った。 「俺が脱がせたみたいじゃん! はい、バンザイ!」 「え……っ」  反射的に言われるままに両手を上げてバンザイすると、優がカットソーをすぽっと頭から着せた。 「はい、ズボン!」 「は、履く、自分で」  俺が慌ててズボンを履き終わると、優がぐいーっと俺の腕を引っ張るから、優のほうへとよろめいた。  指であごを捉えて上げられて、そこへ優の唇が降りてきた。  ちゅっと音がして、離れて行ったあとに、キスされたんだと気付いた。  優はドアへと向かう途中で、くるりと振り返って俺に笑った。 「いってきますのキス。ま、一緒に出るけど」  いたずらっぽく笑われて、俺は頬が赤らむのがわかった。  優がドアを開けると、原と剛田と、その向こうに和田たちがいて、優は朝からわいわいと喋っている。  俺は指先で唇を押さえると、ドアのほうへと向かった。
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