雨上がりの空から、虹色のしずく①

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雨上がりの空から、虹色のしずく①

 強く過ぎていく風が、砂埃を舞い上げた。  びゅう、と俺の髪をなぶっていって、黄昏の街並へと吹き過ぎていった。  学校の裏門へと向かう道は、木々に囲まれて緑に溢れた丘陵になっていて、一帯の住宅地が向こうへ見えた。  俺はスマホと取り出して時間を確かめて、それから何もメッセージがないことを確認した。 「もう少しかな……」  校舎から続く道は、どんどんと細くなって、草むらや木々の茂みに囲まれている。  中等部、高等部と同じ敷地内にあるこの附属学校は山手にゆったりとした広さを取られていて、だいたいの生徒が、駅から近い、白く大きな正門から登下校している。  この裏門は、簡易で狭いゲートから、階段を降りていって、住宅街へと続くようになっている。  大回りすれば、駅へと行けないこともないけど、山側の住宅街に家がある生徒くらいしか、こちらへは来ない。  ここで待ち合わせする相手は、たった一人。 「葉司! 待った?」  振り返れば茶色いくせっ毛をなびかせて、片手を上げて、すらりとした長身で駆けてくる優がいた。  その笑顔を見るだけで、愛しい想いが胸の奥に迫る。  西風みたいに駆けてきて、隣へとぴたりと身を寄せて並んだ。  長い指が、俺の指を包むようにぎゅっとつかんで、それから離れていった。  一瞬のことだけど、言葉を失ってしまうくらい鼓動が跳ね上がった。 「優は時間、大丈夫?」  俺は優を見られないままで訊いた。 「あ、うん。ちょっとはね」  二学期の中間考査は終わっているけれど、優には予備校の模試が今週末に迫っていて、ここ毎日は下校して予備校に通っている。  電車に乗って別々の駅に降りるまでの下校の時間を、なるべく人気のない道を、こうして二人で帰るようになった。  裏門へと続くひっそりとした緑の木々に囲まれた細い道と、閑静な住宅街を通って、駅までをなるべく大回りして帰る、誰にも言わないデート。  修学旅行から帰って来て同じクラスで会っているけど、そこはもちろん二人の関係を持ちこめる場所じゃないし、街の何処かにも、俺たちが寄り添う場所はなくて。  同級生たちはイベントが一つ終わって、受験へと力を入れていく雰囲気になっている。 「あー早く模試終わりたい」 「うん、日曜日は頑張って」  俺もそろそろ受験に向かう色んな算段をしていかなくちゃいけない。  とりあえず情報を集めてから、計画を練って、どのあたりを狙っていくのかもそのうち―― 「葉司? どうかした?」 「あ、いや……俺も、そろそろ色々と考えないとなって」 「そうだな。一緒に考えような」  まっすぐな茶色い瞳が、俺を覗き込んで、にこりと笑った。 「あ……うん」  YES、と優の言葉に返せる幸せ。  優の掌が、後頭部を撫でるようにさらりと滑っていって、秋の風に吹かれるままに、俺は熱い頬を晒している。  夕暮れをこうして並んで歩いているだけでも、少し前にはとても考えられなかったこと。  この胸はときめきに弾けて、揺れている。 「模試の次の日、祝日じゃん?どうする?」 「どうする、って?」 「え、予定あった?」 「え、ない……けど」 「じゃあ、会おうよ」  そう言って明るく笑う顔は、頬がサンセットに染まっていて、ふっと見惚れた。  一日会えるんだ――そう思って、喜びで胸が詰まってしまう。 「……うん」 「良かったッ! もう修学旅行から帰ってきて、全然二人の時間ないじゃん! 学校でも無理だし、なかなかデートする日も合わないし。もー葉司が足りない」  どう答えて良いか分からないまま、自分の心は伝えたくて、言葉を探した。 「俺も、優と――いられたら、嬉しい」  そう言って見上げると視線がぶつかって、頬が熱くなるのを感じる。  優の指が、するりと俺の頬を撫でていくようにすべって、肩でつと止まった。 「じゃあさ。あの、俺の――」 「あの海に行きたいな」 「えっ? あのさ――」  優は少しびっくりしたみたいに、俺の顔を覗き込んだ。 「優が、前に俺を連れて行ってくれた、あのシティボート――今度は昼に行ってみたいな。すごく楽しくて、キラキラしていて、忘れられなくて――夜の空を見るたびに思い出して……」  優が何か言いたそうにしているのを見て、はっと口ごもった。 「ご、ごめん。優にはつまらないよね……」  ぐいっと腕を引っ張られて、道から木の茂みへと逸れた。  もうすでに裏門に来ていて、ぐるりと学校を囲む塀がそこに続いている。  あ、そうか。もうここだ――  学校を出る直前、塀に背をもたせかけて、俺の頭はかすむように考えられなくなってくる。  
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