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そこは道沿いの茂みでいっそう覆われていて、道から外れて茂みに入ってしまえば、人からあまり見えない場所になっている。
春にはこの裏門には桜が二本立っていて、薄紅の花弁が重なり合って、あえかな色づきを見せていた。
二年になった始業式の帰り、春の光に手をかざしていた時に、ここで優に出会ったことがある。
もう優には忘れてしまったことかもしれない。
桜は今は少し冷たい風に吹かれて、赤く染まった葉を翻し、砂利道に落ちて行く。
夕刻に、さくらもみじは、秋にだけ見せる美しいきらめきを放っていた。
塀に肩を押し付けられて、それから頬を温かな両手がゆっくりと囲った。
「葉司……」
端正な顔が近付いてきて、俺は言葉も失って、呼吸の仕方も忘れそうになって、ぎゅっと目をつぶった。
頬を掌で挟まれたまま、くちづけはそっと密かで、それなのに重なった唇から流れ込んでくる熱さは確かで――
二人で帰るたびにこの場所で、キスしている。
もう何度目かわからないくちづけは、今でも心拍数を押し上げて、まだ慣れそうもない。
舌が唇をノックしてきて、おずおずとうすく唇をひらくと柔らかな舌が唇のふちを舐めとっていく。
意識はズームアウトしそうで、息も出来ずに溺れてしまいそうで、思わずその肩を指でつかんだ。
「ん……ッ」
性急に舌が唇を割りひらいて、吸いとってしまいたいみたいに、舌が舌にからんでもつれ合う。
熱い吐息も、擦り合う舌も、何度も角度を変えて重ね合う唇も、どちらのものかわからなくなるまで、混ざり合って、乱れていく。
「ん――んっ!」
優の指が、首筋から耳朶をくすぐるようにまさぐり、それから衿の中へと入って来ようとして、ビクッと身を縮こまらせた。
「ゆ……」
身を突っ張って、うつむいて唇を離すと、反射的に優の腕をつかんだ。
「あ――ごめん」
優は、ふっと気が付いたように動きを止め、それから力が抜けたようにガバッと俺を抱きしめて、俺の肩にその顔を降ろしてうずめた。
「ちょっと――ちょっと、こうさせてて」
「う、うん……」
いつも通りでない掠れた優の声に、どう返事して良いかわからないまま、俺は身を硬くして立ち尽くしていた。
昨日までとのやさしいキスとも違っていて、俺はどう対応して良いかわからずに、俺の肩に顔を伏せている優の、呼吸に上下する背中をそっと撫でた。
「はー、やばい」
顔を上げた優の表情は、どこか上気しているようで、その初めてみるような眼差しに、わけもなく鼓動が高鳴った。
「葉司、大好き」
真摯な瞳のいろに見つめられて、もう何処へも行けなくなる。
「俺も、優が……大好き」
溺れるように、息もつけずにそう言うと、まるで今まで知らない世界へと飛んで行くよう。
愛するひとに、言葉を告げられる幸せに、ただ胸がいっぱいになって漂っていく。
「優、時間は?」
「うん。行かないと、だな」
優が俺の手をぎゅっと繋いで、茂みから砂利道のほうへと出ようとしたから、その手を引っ張った。
そっと指を外していって、それから鞄を持ち直して、優と並んで歩く。
「ここからは、友だち、でなきゃ」
「葉司――あーもう早く大人になりたい」
「どうして?」
「なんかもう、色々とッ。自由になりたい」
溜め息みたいに言う優の、視線を落とした横顔を見つめながら、肩を並べて裏門から階段を降りていく。
「あのさ……いつも、あの場所だね……人通りがあまりないからかもしれないけど……あそこで俺と優、会ったことあるんだよ」
「うん、知ってる」
きっぱりと頷いた優の返事に驚いて、俺はその顔を思わず見上げた。
「ね、葉司。俺にずっと笑っててくれる?」
「うん。もちろん」
「今度の祝日、一日ずっと一緒な」
「うん」
ふいに優は俺の肩をぎゅっと引き寄せて、それからパッと離して、唇を引き結んで歩いて行った。
優といると、この心はふうっと息を吹き込まれたように、色づいて回っていく。
空へと舞って、何処までも飛んで行くようで、その目的地は一つしかなくて。
ほんの少し先へ行く背中を追って、俺は駆け寄った。
優とのデートのための初めての待ち合わせに、心はふわり踊って、好きという気持ちに膨らんでいった。
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