雨上がりの空から、虹色のしずく②

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雨上がりの空から、虹色のしずく②

 海沿いの湾港で、静かに彼を待つ。  観光地にもなっているハーバーは、行きかう家族連れや、恋人たちの休日の賑わいで満ちていた。  今日は曇り空で、海風が少し冷たく感じる。  その狭間で、寄せては返す波を見ようと、埠頭の波打ち際ぎりぎりまで寄って、膝を抱えてひとり座った。  港の船乗り場からは、この港で一番大きいクルージング船が出ようとしていて、アール・デコ調の優雅な雰囲気に、俺はぼんやりと見惚れた。 「あ、そうか……」  優が家族と乗っていたのはこっちの豪華客船みたいなのなんだろうな、と気が付いた。  どんな子どもで、どんな服装で、どんな様子で海風になびかれていたんだろう?  大人っぽく振る舞っていたのか、子どもらしかったのか、お行儀よくしていたのか、やんちゃだったのか――  どんな優でも、想像するとふっと笑みが湧いてくる。  目の前を今しがた帰港してきた、帆船型遊覧船が通り過ぎていく。 「これだ」  前に優と乗った、ベイクルーズの船。  暗かったから船自体はよくわらかずに、ライトアップされた船内とデッキと、夜景のイルミネーションばかりが記憶に残っていたけど。  白い船は波飛沫を上げて進んでいって、俺は幸福な記憶を思い出して、波の音を聴きながら目を閉じた。 「葉司! お待たせ!」  大きく手を振って走り寄ってきた姿は、何処にいたってすぐに見つけられる、愛しいひと。  一瞬で、この心を魔法にかけてしまって、そのまっすぐな瞳へとナビゲーションされる。 「優」  いつもより大人っぽく見える姿に、少し首を傾げた。  真っ白なロング丈のTシャツの裾をさらりと見せ、その上に鮮やかなブルーの薄手のニットを重ね着している。細身の黒ジーンズに、後ろにはチェーンが揺れていた。  髪型もいつもより違っていて、真昼の時間の中で、そのまま写真に収めてしまいたかった。 「葉司、どした?」 「え、あの、格好良いなって」 「えっ、まじか! やった! でも、ちょっと照れる」  目じりを下げて、人好きのする笑顔で破顔した優は、紺ブレザーの制服とも、修学旅行の時とも雰囲気が違っていて、俺はようやく優がオシャレして来たんだと気が付いた。 「付き合って初めてのデートだな」 「うん」  その言葉は嬉しくて、思わず笑顔で頷いた。  でも、俺は気遅れして、優から一歩距離を取った。  何も考えずに、いつものグレーのパーカーに、色の褪せたジーンズで来てしまった。  何か考えたところで、特にオシャレする服も持っていないし、それほど服を持っていない俺には、仕方のないことだけど――  最初から、優と見合うとも思っていないけど、学校という枠から外に出てしまうと、生活も感性もすべて違っていることが、さらに明るみに晒されるようで、俺はちょっとたじろいだ。  優の清潔で手入れされた服装と、それをまとって明るく笑う優と、真横で並んで歩く勇気が湧かなかった。  俺は、パーカーを指先でこすって、歩き出した優の、少し後ろをついていった。  急に、優がぴたりと立ち止まったから、鼻からぶつかるところだった。  優は急にくるりと振り返って、真剣な顔をしてぐいと寄ってきた。 「葉司のパーカーさ」 「う、うん」 「……チョイスがかなりやばい」 「あ……やっぱりヘン……」 「まさか、こう来るとは思わなかった。イメージ外して来てて――可愛い」 「え――えっ?」  葉司は器用な指で、俺の眼鏡をずらすと、パーカーのフードをふいに被せてきた。 「それで、俺のこと見上げて」  俺はちょっとついて行けなくて、脳が停止するのを感じた。 「あっ、葉司、フリーズした!ちょっと、葉司!」  両手でガクガク肩を揺すぶられて、俺ははっと気が付いて、指先で眼鏡を押し戻した。  バサバサとフードを手ではらって、呼吸をし直す。 「え、そのチョイスは狙って来てたんじゃないの?」  あっけらかんと、そんなこと言う優に、めんくらう。 「狙……あの、俺は、そんなに服持ってないから……」  少し俺の顔を見つめてから、優はにこーっと笑った。 「俺、大人になったら葉司にいっぱいプレゼントして良い?」  大人になったら――  そんな言葉が、優といると希望に聞こえる不思議。
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