雨上がりの空から、虹色のしずく③  (R)

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「ごめん。今日は初めから、こういうつもりで葉司を部屋に呼ぼうと思ってた。もちろん葉司の大丈夫なところまでで良いんだけど。葉司が許してくれないと、俺は何も出来ないよ。ダメ? 俺のこといやになった?」  ゆっくりとした丁寧な口調だった。 「いや……なんて……」  気の利いた答えなんて何も見つけられずに、ただ口ごもった。  この胸に巣食う恐れを連れ出して、優の望みに上手く応えられたら良いのに。  そんな夢みたいなことは起こらずに、体は硬直して、優の重みに気が遠くなる。  この世界をさかさまにして、優の望みを叶えられる自分に今すぐになれたら良いのに。 「ごめん……俺じゃ、なかったら……いいのに」  冗談みたいに言おうと思って、でも上手く笑えずに、ただ唇は強張った。 「葉――」  流れそうな涙は何のため。  ただ遠くから見つめていた光に、これほど近付いて、奇跡みたいな瞬間に、こんなことしか言えない自分が情けなかった。  優を傷つけるくらいなら、自分の恐れなど投げ出してしまったほうが良いのに、心はせめぎ合って、答えを見つけられない。 「大丈夫、優。俺は、大丈夫」  自分に言い聞かすように、真っ白な頭のまま、俺は絞り出すようにそれだけを繰り返した。 「葉司、俺――無理させてる? キスも大丈夫になったから、俺、焦ってる?」  俺は強く首を横に振った。 「葉司、遠くに行かないで。俺だけを見て。ほら、ここにいるの、俺だよ」  首筋に息がかかり、それがつと上がってきて、頬をくすぐるようにキスが落ちた。  柔らかで清潔な吐息は、確かな優の存在で、心に分け入ってくるようだった。 「俺に触って、葉司」  囁くような低い声で、じっと俺を覗き込む。  その瞳は、今までに見たことのない色をしていて、見てきた姿からは想像もできなくて――  茶色い瞳は追い詰められたようでいて、それなのに、あやしく光るようで、俺は魅入られていた。  その長い指が俺の指をからめて握った。  優は、俺の手を自分の首筋へと押し付け、それから肩へとすべらせた。  掌にはしっかりとした優の肌の感触があって、ためらいがちに指を伸ばしてみた。  それから、両手で優の頬に触れて、不思議な気分で、首筋、肩、腕、胸元へと掌へとすべり下ろしていった。  数十秒のことなのに、長い時間が過ぎていったみたいに感じる。  ここに、優が生きている。  その当然みたいなことが、こうして触れていると、まざまざと伝わってくるみたいで、しばらく優に触ることに夢中になっていた。  とても大切な時間に思えて、この両手いっぱいに優の命を感じて、それをさらに確かめたくて、もっと触りたくなる。  背中に手を回すと、それまでじっとしていた優が、ふいに俺を抱きすくめた。 「葉司――」 「……優」  好きだ――  愛しさで身動きがとれなくなるほど。  どちらからともなく唇を触れ合わせて、それを何度も繰り返した。  胸と胸をぴったりとくっつけて、肌を寄せ合って、指と指をからめて、確かめるようにくちづけ合う。  自分の呼吸が上がっていって、ただもう目の前には、優だけしか見えなくなった。 
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