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心臓が口から飛び出そう、とはこのことだな、と失いそうになる意識の中で考えた。
小山田の、髪と同じ茶色がかった瞳が目の前にあって。
息もかかりそうになるくらいの距離に、男でも格好良いと思う顔が近くある。
もう小山田が何を言っているかも、はっきり言って分からない。
鼓動が高く鳴っていて呼吸が速くなって、それを小山田にバレてしまわないか不安で、頭が沸騰したみたいに熱くなる。
「きっと、面白いよ。バスも同じだしさ、色々計画して、一緒に歩こうよ。剛田の寺社仏閣趣味は何とかして抑えるから、仁木の行きたいところもちゃんと入れるしさ」
「あ……」
「同じ部屋だし、楽しいよ」
同じ部屋――
明るい笑顔が目の前いっぱいに広がって、それ以外もう何も見えない。
大好きな人に目の前で一生懸命に言われて、心ごとぐらりと倒れそうになる。
修学旅行なんか、デメリットしかない。そのはずだったのに。
旅先で待っている、ごまかしようのない苦難は分かっているはずなのに。
でも――でも。もしかしたら、ひょっとしたら、思うより近くで好きな人を見ていられるのかもしれない。
これを逃してしまえば、この高校三年間の間で、一緒に何かをして時を過ごすことなんて、もう二度と訪れずに終わってしまうかもしれない。
今の気まぐれな小山田の申し出を断れば、もう二度とどんな声もかけてもらえないかもしれない。
同じこのクラスになった偶然、そして今声をかけられている偶然が重なって、俺にとっては奇跡に等しくて。
きっと――三年になって、その後は大学で別れてしまえば、この先ずっと知人ですらありもしない。過去の忘れられたクラスメイトになっていくんだ。
小山田はこのままこの附属高校の上にある大学に上がるのかもしれない。
俺は父親から、はっきりと国立大学以外は学費を出さないと明言されている。
少しだけ――少しだけ、俺が年齢らしいことを望んでも良いのなら。
綺麗な世界をほんの少しだけ、俺が垣間見ても良いのなら。
この夏の終わりの日に訪れた、偶然の出会いと、気まぐれな申し出に何も考えずに乗ってしまえたら。
「あの――」
俺が迷っているのを見透かしてか、小山田がずいと顔を近づけて俺の顔を覗きこんだ。
そして、くっきりした唇でにこりと明るく微笑んだ。
「行こうよ」
俺はただ眩しかった。
だから、瞳を思わず伏せた。
「行こうよ、仁木」
その言葉に抗えるのなら、その方法を教えて欲しかった。俺には、うなずく以外、どんな退路もありはしなかった。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
晩夏のぬるい蒸し暑さのせいか、じわりと汗が流れた。
「良かったッ」
素直に顔を喜びでいっぱいにして、はしゃぐように言う小山田を、俺は呆然と見上げた。
それから一緒に改札を出て、並んで歩くなんていう幸福に恵まれたのに、俺はほとんど記憶に留めることもできないくらい動揺していた。
校門についた辺りで、小山田は鞄を持ち直すと立ち止まった。
「じゃあ、俺ちょっと待ち合わせしてるから」
「あ……うん。じゃあ」
手を振って背中を向けた小山田の行く先には、一学年上で高校のポスターの顔になったことで知られている桜井湊がいた。小柄で、女子からよく可愛い、と言われている。
何となく入り込めない真剣な眼差しで、二人は低く何かを話しこんでいる。
桜井湊が顔を赤くして言い募るのへ、小山田は真面目な顔で返答していた。
わずかに後ろ髪を引かれたけど、俺には関係ないことで。俺はそっと教室へと向かった。
その後に、これから小山田との関係が変わっていくことも、この時はまるで何も知らないままに。
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