437人が本棚に入れています
本棚に追加
顔を寄せると俺とあまり変わらない身長――瑠奈に言わせると、一六六センチでちゃんと二センチ違うということなのだが――自分のために言っておくと、俺の方が高い。
白い顔は、卵なりで桜色の唇が瑞々しい。素直な黒髪が、さあっと背中に流れて、まるで落ちる水のよう。すらりと手足の長い肢体によく似合う。
「どうして?何かないと、来ちゃダメ?」
「いや……俺といたら、瑠奈にマイナスだし」
「ん。確かに女子に睨まれる。あれから全然返事くれなかったっ。既読もつかないし」
「あ……ごめん」
それは、小山田と居たからで、それで完全に頭が飛んでしまっていたからだ。俺は少し口ごもって、謝った。
「帰りにいつもの駅で待ってる」
「うん」
俺は瑠奈に微笑して、小声で話し終えた。瑠奈が去ろうとした時だった。
「あ、安住さん!」
呼びとめたのは、原だった。
隣で、小山田が小首を傾げるようにして、瑠奈を見つめていた。
「あの、この間の、吹奏楽部でのフルートの演奏、良かった――です」
瑠奈は涼やかな目元で、じっと原を見上げた。
確かに銀色のフルートを、その細く白い指で携えた瑠奈は妖精のようだったのを覚えている。俺の、いとことしての贔屓目を引いても、美しかった、と思う。
「あっ、音楽、好き?」
「うん」
「俺、今度ライブするんだ。これ、チケット――近いし、来てくんない?」
瑠奈は渡されたチケットを物珍しいものでも見るように、しばらく指で弄んだ。
にこ、と涼しい目元で微笑した。
「夜は門限に引っかかっちゃうな。ごめんね?」
鮮やかに、踵を翻して去ってゆく。見事で華麗なスルー。
俺は胸が、自分のことでもないのに、自慢したい想いで溢れてくる。これが、安住瑠奈。流れる黒髪をたなびかせ、いつも凛と歩いて行く。
自分の席に戻ろうとして、原に行く手を阻まれた。
「仁木は、安住さんと、何ッ?」
「何……って?」
「安住さんて、普段は男子とまともに話さないじゃん!」
そんなところまで原は見ていたのか、とちょっと感心してしまう。
小山田と長い友人なのだから、一筋縄の人間じゃないんだろうとは思っているけど。
「まさか安住さんと付き合ってんじゃないだろうなッ!」
「る、瑠奈と? まさか!」
「瑠奈ッ? 俺の安住さんを瑠奈呼ばわりすんなー!」
原が、俺の首を締めにかかって来そうな勢いだったから、申し訳ないけど、原の気を流して、腕を払ってトンと翻って逃げた。
こういうことになるから、瑠奈とは学校であまり会いたくないんだけど。
「高校入る前から知り合いだから……それだけ」
「中学、同じだった?」
そう訊いたのは小山田だった。俺は黙って頷いた。
学校というより、幼い頃から、いとことして一緒だった。だけど、そんなことを今言う気になれなくて、小山田の問いにただ頷いたんだ。
「えぇッ、中学が同じ? まじか! やっぱ可愛かったッ? その中学ヤバすぎる! エモい!」
原がぐいぐいと言い募って来るのを、なんとか逃げた。
「仁木が困ってんだろ」
相変わらず腕組みしたまま、剛田がちょっと可笑しそうに突っ込んで、俺は少しホッとした。
「――ふーん、仁木と安住さんて、なんか雰囲気似てるんだよね。並ぶと日本人形みたい」
小山田が誰にともなく独り言のように呟いた。
「……似てないよ」
小さな声で返したけど、小山田は聞こえなかったのか、返事をしなかった。
指を唇に当てたまま、自分の考えに入っていくような姿を、俺は目を細めてただ眩しくそっと見つめた。
最初のコメントを投稿しよう!