夜は果てしなく、君は遠く輝く光④

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 顔を寄せると俺とあまり変わらない身長――瑠奈に言わせると、一六六センチでちゃんと二センチ違うということなのだが――自分のために言っておくと、俺の方が高い。  白い顔は、卵なりで桜色の唇が瑞々しい。素直な黒髪が、さあっと背中に流れて、まるで落ちる水のよう。すらりと手足の長い肢体によく似合う。 「どうして?何かないと、来ちゃダメ?」 「いや……俺といたら、瑠奈にマイナスだし」 「ん。確かに女子に睨まれる。あれから全然返事くれなかったっ。既読もつかないし」 「あ……ごめん」  それは、小山田と居たからで、それで完全に頭が飛んでしまっていたからだ。俺は少し口ごもって、謝った。 「帰りにいつもの駅で待ってる」 「うん」  俺は瑠奈に微笑して、小声で話し終えた。瑠奈が去ろうとした時だった。 「あ、安住さん!」  呼びとめたのは、原だった。  隣で、小山田が小首を傾げるようにして、瑠奈を見つめていた。 「あの、この間の、吹奏楽部でのフルートの演奏、良かった――です」  瑠奈は涼やかな目元で、じっと原を見上げた。  確かに銀色のフルートを、その細く白い指で携えた瑠奈は妖精のようだったのを覚えている。俺の、いとことしての贔屓目を引いても、美しかった、と思う。 「あっ、音楽、好き?」 「うん」 「俺、今度ライブするんだ。これ、チケット――近いし、来てくんない?」  瑠奈は渡されたチケットを物珍しいものでも見るように、しばらく指で弄んだ。  にこ、と涼しい目元で微笑した。 「夜は門限に引っかかっちゃうな。ごめんね?」  鮮やかに、踵を翻して去ってゆく。見事で華麗なスルー。  俺は胸が、自分のことでもないのに、自慢したい想いで溢れてくる。これが、安住瑠奈。流れる黒髪をたなびかせ、いつも凛と歩いて行く。  自分の席に戻ろうとして、原に行く手を阻まれた。 「仁木は、安住さんと、何ッ?」 「何……って?」 「安住さんて、普段は男子とまともに話さないじゃん!」  そんなところまで原は見ていたのか、とちょっと感心してしまう。  小山田と長い友人なのだから、一筋縄の人間じゃないんだろうとは思っているけど。 「まさか安住さんと付き合ってんじゃないだろうなッ!」 「る、瑠奈と? まさか!」 「瑠奈ッ? 俺の安住さんを瑠奈呼ばわりすんなー!」  原が、俺の首を締めにかかって来そうな勢いだったから、申し訳ないけど、原の気を流して、腕を払ってトンと翻って逃げた。  こういうことになるから、瑠奈とは学校であまり会いたくないんだけど。 「高校入る前から知り合いだから……それだけ」 「中学、同じだった?」  そう訊いたのは小山田だった。俺は黙って頷いた。 学校というより、幼い頃から、いとことして一緒だった。だけど、そんなことを今言う気になれなくて、小山田の問いにただ頷いたんだ。 「えぇッ、中学が同じ? まじか! やっぱ可愛かったッ? その中学ヤバすぎる! エモい!」  原がぐいぐいと言い募って来るのを、なんとか逃げた。 「仁木が困ってんだろ」  相変わらず腕組みしたまま、剛田がちょっと可笑しそうに突っ込んで、俺は少しホッとした。 「――ふーん、仁木と安住さんて、なんか雰囲気似てるんだよね。並ぶと日本人形みたい」  小山田が誰にともなく独り言のように呟いた。 「……似てないよ」  小さな声で返したけど、小山田は聞こえなかったのか、返事をしなかった。  指を唇に当てたまま、自分の考えに入っていくような姿を、俺は目を細めてただ眩しくそっと見つめた。  
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