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僕は自分の斧を返してほしく、翌日また湖にやってきた。そして女神に渡された斧を勢いよく湖に投げ込んだ。昨日の様子からだと出てきてくれるかはわからないが賭けてみることにした。
数分後、女神は昨日と同じ現れ方をした。しかし今日は斧を持っていない。
「また、あんたかい。長いこと湖の女神業やってるけど二度、しかも連日湖に斧を投げ込んだ馬鹿は初めてだよ。言っておくけど天罰を与えることだって出来るんだからね」
ドスのきいた声の圧力に屈っさず、気持ち込めて女神に頼んだ。
「昨日湖に落としてしまった斧はおじいちゃんから受け継いだ大切なものなんです。金の斧なんていりませんからあの斧だけでも返して欲しいんです」
「え、マジで……?」
女神は驚いた様子で「ちょっと待ってて」と言うと湖に戻っていった。僕はもしかすると斧を返してもらえるんじゃないかと期待する。しかし、それから一時間。なにも起こりはせず、僕は退屈して眠ってしまった。
目を覚ますと隣で女神が体育座りをして、湖を眺めていた。しかし、どこか遠い目をしている。
「あのー…、女神様?」
僕は恐る恐る声をかける。すると女神は視線を動かさずに言った。
「無かったわ」
「え」
女神がぼそりと漏らした言葉に僕は唖然とする。
「私も湖の隅から隅まで探したのよ。でも見つからなかった。もしかしたら昨日処分した数本のうちの一本だったのかも」
「そんな…」
僕はとても落ち込んだ。するとそれを見かねてか女神が頭を下げた。
「ごめんなさい! 代わりと言ってはなんだけどこれで許して!」
女神は手を後ろに伸ばして、代用品を僕の前に差し出した。それは金の斧だった。予想外の展開に呆然とする。
「うちに置いてある最後の一本だけど、どうかこれでなんとか!」
僕は女神が差し出した斧を掴んで持ち上げる。思ったよりも重くない。
「すごい……手に馴染みます」
「そりゃ神が制作したものだもの。使い心地は抜群よ」
「でも、金って木を切り倒すのに向いてませんよね」
「そうね。だからそれを売ってお金持ちになって裕福に暮らして。私ができる謝罪はそれが精一杯」
女神の申し訳無さそうな顔を見るとそれ以上なにも言えなくなる。だから僕はその斧を受け取って、おとなしく家に帰った。
その晩、僕は悩んだ。僕の一族は代々、山で木を切り続けてきた。それを僕の代で途絶えさせてしまっていいのだろうか。この斧を売れば巨額の富を得て、僕は裕福に好きなことをして暮らせる。しかし、僕が本当に求めているのはそんなものだったのだろうか。
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