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「いやー、すみません。ご馳走してもらって」
……僕は何を見ているんだろう。今、僕は得体の知れない幽霊にパフェを奢らされている。
しかも二杯目だ。端から見たら、グラスの中身が消えていく風に見えるのだろうか。
「…死人はお線香の香りを食べるんじゃなかったっけ?」
「そんなの、今時お爺ちゃんお婆ちゃんくらいしか食べませんよ。わたし、イマドキ幽霊なので」
…幽霊にイマドキも何もあるのか。旨そうにパフェを貪るその姿は、幽霊というカテゴリーに入れていいのか議論の余地がある。
「えっと、朝日さん?」
『ハルって呼んでください。親しい人はそう呼んでるので』
「ハル…、朝日の日に青那の青を合わせてハル…か?」
『ご名答です。正解者には、このでっかいイチゴを贈呈しましょう~』
「贈呈もクソも、僕の金で頼んだんだけど…」
こちらの皮肉もなんのその、ハルはこちらを拝みながらパフェのフルーツをクリームに絡めて、さながらリスのように美味しそうに頬張る。
『いやー。まさかわたしが見える人がこうもあっさり見つかるとは思いませんでしたよ』
「こっちこそ、幽霊がパフェを食うなんて知らなかったよ」
『はい。こんなの、生きてた時には食べられなかったもんで!』
……なんだろう。今、凄く重いネタをぶっ込まれた気がする。突っ込むべきか、暫しの間考慮し、頼まれた本題に移ることとする。
「ハルは、なんで、あの場所に?」
『──ひじょーに言いにくいのですが』
朗らかな笑顔が、一転して神妙な面持ちに変わる。ごくり、と唾を呑んで、自然とその次を聞き逃さんと身構えてしまう。
『実は、お盆フライングしてしまいまして…』
「……はぁ!?」
思わずテーブルからずり落ち掛ける。一瞬、店内の視線が集中し、慌てて携帯を取り出して、それで驚いた風に演出してその場を乗りきる。
『でっかい声出さないでください! わたし心臓弱いんですから、止まったら大変じゃないですか!』
「もう止まってるでしょ…」
『……あ、それもそうですね。ナイスゴーストジョーク』
あはは、と何処か能天気に笑うハル。なんだろう、真剣に身構えてた自分がバカみたいだ。脱力感が一気に襲い来る。
「…というか、時期ずらすなんて出来たんですね?」
『全然オッケーですよ? パスポートさえあれば…これこれ』
そう言って、スカートのポケットから血のように赤い、ピカピカの手形を取り出して見せる。
…今更ながら、そんな外国行く感覚で穢土と浄土を行き来できるって、どうなんだ。閻魔様、関門緩すぎない?
『お盆シーズンだと滅茶滅茶混みますからねぇ。あっちもこっちも帰省シーズンという訳ですよ。…流石に、高く付きますけど』
そんな、ラッシュを避けるリーマンじゃあるまいし。話をしつつも食べる手は止まらないハルを見ていると、死人のほうが生き生きしてると錯覚しそうだ。
『…ふう、ご馳走さまです!』
ハルはお上品に口を拭きながら、背もたれにがっつり身を傾ける。パフェはきれいさっぱり、舐め回したように平らげられていた。
『で、なんの用でしたっけ?』
「…なんで君は現世に?」
『そうそう。思い出しました。アッチのテレビで、似たような番組やってますよ』
あの世にもテレビあるのかよ、というツッコミを呑み込んで、深く頷く。
「頼む。僕のセンパイが、長い間君を追っかけていたんだ。今年は受験で忙しいから、僕が代わりに調査を引き受けたんだ」
『…えっと、つまり、取材…ですか?』
…僕は徐に頷く。彼女の返答は──、
『いいですよ』
即答。時間にして二秒もない。
「いいんですか?」
『はい、テキトーに後ろ追っ掛けてくれれば、それで』
ハルはそう言いながら席を立つ。
『さ、鉄は熱い内に打て、飯は熱い内に食え…ですよ!』
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