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…それからというもの、謎のイマドキ(自称)の幽霊ハルは、実に無軌道に街という街を動き回る。
小雨になった土曜の雑踏を、風のようにすり抜けていき、その足音すら楽しんですらいるその様は、さながら気儘な猫か。
結果的に密着取材という形になってしまったが、端から見れば僕は大層珍妙な者に見えるだろう。
少女漫画はまだしも、ウィンドウショッピングとはいえ、アクセサリーやランジェリーはどう見てもまずい。何だったら不審者だ。
そうして街道に並ぶ店にあっちこっちへと振り回され、くたくたになってバス停の待ち合わせの席に座り込む。
ちょうどいいタイミングでバスが到着すると、ハルはその偉容を舐めるように観察し始める。
『おお、バスは案外変わらないものですね?』
「乗ります?」
『…ただ乗りは少し気は引けますけど』
「乗るんですね」
そう言うと思って、こっそり二人ぶんの料金を払っておく。流石に機械は誤魔化せなかったので、あくまで形だけだが。
運良く空きのある席に腰かける。ハルは隣に座って、外の景色をじっと眺める。視るもの全てに強い興味を持つ瞳は、存外に輝いて見えた。
「そんなに珍しいもんじゃないと思うけど?」
『…わたしにとっては、そうでもないです』
そう語るハルの眼は、僕には何故か羨望が見え隠れしているように映った。
「それって、どういう…」
「おっと、お隣ごめんよ」
肌の白い、杖をついて歩くお婆さんが、俺の隣に腰かける。ハルは、驚いた素振りの後、どういうわけかこちらへ座ったまま移動してきた。
お婆さんには見えていないだろうが、ハルのヤツ、僕の膝に乗っかる形で席を譲っている。
「…な、なんでこっちに乗る?」
『い、いやぁ。何となく?』
「子供かっ」
何となくってなんだよ。膝に乗っかった彼女の髪から、微かにいい匂いが漂う。触れた部分からは、体温のような熱が感じられて、自然と息を呑む。
一方で、微かな重みを感じるが、人一人ぶんには遠く及ばない。それこそ、エアコンの風がそよぐだけで飛んでしまいそうな位だ。
…何かで見知った情報だが、魂の重さは21gらしい。たぶん、このハルも同様なのだろう。
『あらあら、仲のよろしいことで』
先程席を譲られたお婆さんが、微笑ましいといった様子で僕達を見て言う。
「なっ、そそっ、そんなことないですよ」
自分の姿を省みて、それが端からは恥ずかしいもの理解すると、分かりやすく動揺してしまう。
…というか、一寸待て。今僕の膝に乗っかってるこの娘は、普通の人じゃなくて幽霊だ。つまり…、
「見えるんですか? このヘンテコを?」
『ヘンテコ!?』
とても心外そうに驚くハル。当たり前だけど、彼女が出した素っ頓狂な声は、僕と目の前のお婆さんを除いて周りには聞こえない。
『ええ、まあ。珍しい取り合わせだから、つい声かけちゃったわ』
お婆さんの物腰は穏やかで、実に微笑ましい、と言いたげだ。どうにもむず痒くって仕方ない。
『あなたたちは、何処へ?』
「ええっと、取材ですかね。コレの」
そう言って膝に乗っかった、ビックリするほど軽いネタを指す。
『あら、じゃあそちらが? 可愛らしいスクープだこと』
『でへへ、そんなことないですよ~』
お世辞に分かりやすく照れるハル。はしたないから、そのふにゃふにゃの顔はやめなさい。
「そういうそちらは?」
『あたし? 孫の顔をちょっとね』
お婆さんは窓の外へ視線を移しながらそう言う。どうやら、お孫さんに会いに来たらしい。
「都会は人が多くて、疲れるでしょう?」
『そうねえ。恥ずかしながら、ちょっと前まで病気がちでねぇ。やっとこさ行けるとなったら、この辺は様変わりしちまってねぇ』
頬に手を当てて、困り果てているという顔をするお婆さん。…なんだか放っておくのも寝覚めが悪いので、訪ねてみる。
「僕、この辺に住んでいるんです。良ければ、案内できるかも…」
『まあ、よろしいの?』
「お節介でなければ、ですが」
『いいえ。是非よろしくお願いするわ』
微笑みと共に、ゆっくりと頷くお婆さん。行き先を訊く前に、膝に乗った彼女に向けて言う。
「悪いけど、寄り道する」
『構いませんよ。見直しました』
『本当に仲がよろしいのね?』
…ホントにやめて。僕は顔を思い切り顰めた。
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